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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第2章―真実の書― 旅立ち篇
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05 星の導き ⑤

「そう言えば、マスターは旅に出てから良く空を見上げてますよね?」

「ああ、道を間違えてないか、確認しているのですよ……(もっと)も、道など元よりあってないようなものですが」


 道の確認、と言われて思わずポカンと空を見上げる。暮れなずむ深い紫色の空に、一番星だけが瞬いている。そして、もちろん道はない。


「……道は地図で確認するものだって、ライが言ってたのに」


 丁寧な言葉も忘れて呟くと、私の顔を見たフィニアス師が、こらえ切れなかったみたいに吹き出した。


「くっ……ははっ、いや、失礼。君を混乱させるつもりはなかったのですが……あと少しすれば、お望みのものが見れますよ」


 フィニアス師は、そう言ってイタズラっぽく笑うと、ご機嫌な様子で黙り込んでしまった。こうなったフィニアス師には何を言ってもムダだと、ようやく理解が追いついてきた私も、彼にならって大人しく口を閉じるとロロ兄さんの背中に身を任せた。



《……リア、空を》



 しばらくして兄さんがそっと私の意識に触れてくるのを感じて、空を見上げた瞬間に納得が行った。


「そっか、星空……」

「ええ……あの星々が、我々の地図です。昼には太陽が、その代わりに」


 穏やかな声が、記憶の奥深くまで届くように響く。


「でも、星も太陽も場所が変わるのに、道なんて分かるんですか?」

「ポラリスと言う名の動かない星ならば方角も分かりますし、星と繋がり星を知れば、己が世界のどこに立っているのかなど容易に分かるものですよ」


 繋がる。それなら、私にも理解の出来る言葉だった。ただ、森や動物達と心で『繋がる』ことは出来ても、それは生きているものだからなのだと思っていた。星や太陽が生きているのかなんて知らないけれど、あんな遠くにあるものと繋がることなんて出来そうもない。


 私が分かるような、分からないような気持ちで首を(かし)げると、フィニアス師は少しだけ『先生』の声に戻って言葉を続けた。


「占星術、と言う名の分野をご存知でしょう。あれはそもそも、星々から己が今どこにいるかの位置を、物理的な側面と概念的な側面の双方から観測することで、この先の未来を『予測』するための学問です。つまり程度はどうあれ、星は古くから我々の道標(みちしるべ)としての役割を果たして来ました。正確に読み取ることが出来るかどうかは、個人の裁量に委ねられていると言うだけの話です」


 いつもはハッキリと分かるフィニアス師の言葉が、今回ばかりはボンヤリして感じるのは、私自身が星と繋がることを具体的に想像出来ていないからなのかもしれない。答えを探すように空を見上げて、本格的に闇へと染まり始めた世界で星を数える。




 そんな風に気を取られていたのがいけなかったのか……私は『その瞬間』に気付くことができなかった。




《っ……フィニアスの姿が、消えた》


 兄さんが焦ったように伝えてきた言葉に、私は目を見開いて(あた)りを見渡した。本当に、どこにも……気配すら感じられない。つまりフィニアス師は、野生の獣の中でもトップクラスの感覚を持つ兄さんの目を誤魔化(ごまか)して、どこかに消えてしまったと言うことなのであって。


《エルよりトンデモない魔法使いだとは、聞いてたけど……》


 ただ、道も分からない私を、何の理由もなく放り出すような人だろうかと首を(ひね)る。その疑問に対する答えは、その後すぐにやって来た。




 ゾクリ、と。

 私の背中を名前のない危機感が駆け抜けた瞬間、兄さんが全身を緊張させて駆け出した。危険を察知したナジークが、夜闇に紛れて身を隠す羽音(はおと)さえ、不吉なものに感じられて。


《気配が……狙われてる!》

《ああ、人間の臭いがする。野盗の(たぐい)かっ》


 人間か馬の脚なら、兄さんが全力で駆け抜ければ振り切れる。そう思ったのが、致命的な隙になった。




 ヒュンっ

 冷たくて熱い感覚と共に脇腹をかすめるようにして、銀色の(にぶ)い光が駆け抜けていく。


「っ……!」


 ほんの少し、矢がかすっただけだ。血もほとんど出ていないし、声をあげる程でもない。それでも、かつて牡鹿(おじか)にたった一人で立ち向かった時よりずっと、まとわりつくような恐怖を感じた。


《兄さん、射手(しゃしゅ)がいるっ》

《俺も見た、出来る限り伏せていろ!》


 速度をあげて走り出す兄さんの背中に、震える手でしがみつく。そして、気付いた……私達は、これまで一度も追われたことなどなかったことに。



「相手はガキとナヨナヨした若造だっ、やっちまえ!」

「片方見失ったぞ、まずはガキだけ潰すっ」


 背後を気にしながら走る兄さんは、どう考えてもいつもの速度が出せていなかった。このままだと、本当に逃げ切るより追いつかれる方が先になるかもしれないと、焦りが全身を駆け巡る。早くフィニアス師がこの事態に気付いて助けてくれたらと、祈るような気持ちで考えて、自分のその考えに愕然(がくぜん)とする。


 フィニアス師が、この状況に気付いていないはずがない。そもそも、こんな時に誰かを頼ってどうする……これは、私の旅だ。私に降りかかる災厄は、私の責任で取り除かなくちゃいけない。そうでなくちゃ、旅をする資格なんてない!



《どうするっ、このまま逃げても背中から射抜かれるぞ!》

《……戦うっ!》



 引き抜いた弓を手にして私が下した決断に、兄さんは迷いもせずに一瞬で従ってくれた。土埃(つちぼこり)をあげて振り向いたその先に、明確な害意をもってこちらへと向かって来る影達に、怯えが顔を出しそうになる。



 躊躇(ためら)うな、私は誇り高きダイアウルフの娘……今度は私達が、狩る番だ。





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