05 星の導き ④
「高位の魔法使いである程、己の手の内を明かすことになるため、自作の魔法陣を他人に見られることや長々と術句を詠唱することを嫌います。ですが、今の私が君に手本を見せたように、教えを乞えば喜んで師として知識を授けようとする者はいます。常に枯渇しがちな魔導の血筋において、例え己の直属でなくとも後継を育てることは、魔法使いとしての至上命題の一つでもありますからね」
フィニアス師が何を言わんとしているのかを、ようやく察した私は、彼の言葉を受け止めるべく背筋を正した。
「学院都市とは、そういう場所です。この世界の、他のどこでも得られない生きた知識を、無償で受け取ることのできる宝物庫……ただ、自ら知を望み求めなければ、何一つ与えられることはない。そうした愚昧の輩は、残念ながら学院都市に相応しくない者として放逐される運命にある。君が、その不名誉なリストに名を連ねることのないよう願っています」
フィニアス師の言葉に緊張しながら頷くと、彼は柔らかく目を細めて言葉を続けた。
「君自身は気付いていないだけで、既にその手に余るほどの知識と経験を有しています。ただ、現状は宝の持ち腐れだと言わざるを得ない。学院に辿り着いたら、多くの書に触れ、多くの師に学びなさい。君が何を目的として彼の地に赴くのか、詳細は存じ上げませんが、何が目的であれ焦らずに基礎体力となる知識を吸収することが、一番の早道になるでしょう」
「はい!」
力強く応えれば、フィニアス師は頷いて、近くで休ませていた馬を呼び寄せた。これから先どうやって進んで行けばいいのかと不安に思い始めていたから、フィニアス師のお陰で見えた道行きがどんなに険しくても、行く手が見えているなら前に進めると思えた。
「結局ずっと話し通しでしたが、十分な休息は取れましたか?」
「はい、ほとんど座っていたので大丈夫です」
そう返して頷くと、フィニアス師は馬具の準備を整えながら私を振り向いた。
「それでは君の準備が出来次第、出発しましょう。陽が翳って来ましたが、今日はもう少し進んでおきたいので……この辺りは森とは言え街道に近いですし、比較的物騒な地域ですからね。森の深くに入れば今度は自然の獣が相手ですが、そちらの心配は不要でしょう」
「了解です、マスター」
カップに煮出した薬草茶の茶葉を捨てて、宙から手繰り寄せた水で洗い流す。水の魔法に関してだけは、簡単なものなら術句も何も使わなくていい、とフィニアス師からお墨付きをもらっている。なんでも、私と水の親和性が驚くほど良いとか何とか。
「ワッフッ」
身の回りの支度を終えて、近くにいるはずのロロ兄さんを呼べば、のそりと草むらから顔を覗かせる。旅も二日目にして少しずつ慣れて来た私達は、休憩中くらいは兄さんも休んで欲しいと別行動をするようになっていた。
《発つのか》
《うん、今日はもう少し進むって》
私の返事を聞くと、兄さんは私が乗りやすいようにスッと身を屈めてくれた。
《夜闇は冷える。俺に出来るだけ、張り付いていると良い》
《うん、ありがとう》
ローブのフードを目深にかぶってから、兄さんの背中に飛び乗って身体を伏せると、ふさふさと柔らかくて暖かい毛並みが私を包んだ。そこから兄さんが一歩踏み出すだけで、毛皮の下の分厚い筋肉が熱をもって唸る。旅に出てからまだ二日だけど、気のせいでも何でもなく、兄さんは日に日に強くなっていた。
私も頑張らなくちゃと気合いを入れて周囲を見渡し、忘れ物がないかを確認する。休憩とは言っても、大したことはしていないから、忘れるようなものもない。
「ピュイッ」
あまり周囲に響き渡らないように、鋭く短く抑えた指笛を鳴らせば、すぐさまナジークが飛んできてロロ兄さんの頭に止まる。
《少シ、寝かセロ》
いかにも眠そうに目を開いては閉じるナジークに、思わず笑ってしまった。夜ふかしが苦手なカラス、なんて見た目に似合わないし。
「マスター、準備完了です」
「よろしい、出発しましょう」
フィニアス師がポンポンと、彼が乗る馬の背を優しく撫でれば、行くべき方角が分かり切っているかのように迷いなく歩き出す。フィニアス師が乗る黒馬は、名前をイオナスと言って、長年連れ添った旅の供であるらしい。ただ、ラスとは違って私達と言葉は通じるみたいなのに、気位が高いのかポリシーがあるのか、話しかけても応えてくれることは滅多にない。
まあ、気難しい人間がいるように、あんまり干渉されたくない動物だっているだろう……と言うか、今まで気心の知れた森の仲間としか付き合って来なかったから忘れがちだけど、人間とはなるべく関わりたがらないのが普通の動物の反応なのかもしれない。
私をあまり揺らさないよう、いつもとは勝手の違う森を進むことに集中してくれている兄さんを邪魔するのも悪いし、と思いながら少しだけ先を行くフィニアス師に話しかける。
「今夜は、鞍作りを教えてくれるんですよね」
「まあ、鞍とは言っても革と布を使った、簡単なものでしかありませんが。何せ、材料はありませんし、そもそもダイアウルフに乗ろうなんて猛者は世界に君くらいのものでしょうから……ですがいつまでも鞍無し、と言う訳にも行かないでしょうし、旅の合間に馬の鞍を変形するなどして作れるような、特殊な鞍の設計図でも仕立てて差し上げますよ」
この旅に出て意外だったのは、フィニアス師の面倒見が良くて、話し好きだったことかもしれない。一を聞けば十も百も色んな話をしてくれるけど、一番大事な部分はすぐに答えをくれないで、私が自分で答えにたどり着けるように考えさせてくれる。
誰かに何かを教える人を『先生』と呼ぶらしいけれど、こんな風に教えられるフィニアス師は、きっと良い先生なんだろうと思う。フィニアス師と会話を交わしてると、空を飛びたいと強く願いすぎて、トンデモないことを色々とやらかしたらしい、と言うエルの言葉は本当だったのかもしれないって思えてくる。




