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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第2章―真実の書― 旅立ち篇
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04 ひとつの旅立ち ②

《今日、発つわ。私が元から望んでた長旅じゃなくて、もっと短いものになるとは思うけど、今年のうちに戻れるかは分からないの。もしかすると、数年はかかるかも》

《……まだ『例の』旅に出るって話じゃないだけ安心したよ》


 呆れたような母さんの声に、こんなに早く旅立ちがやって来ると思ってなかった私も苦笑いするしかなくて、小さな沈黙が私達の間に落ちた。しばらくして、いつものように目を伏せていたオロケウが、何かを決めたかのように顔をあげる。


「アッフっ」


 何歩か下がって話の行き先を見守っていたロロ兄さんは、オロケウに短く呼ばれると、近くにやって来てその場で頭を垂れた。


《リアに付いて行く気はあるか》


 あまりに端的で、だからこそ聞き違えようもないオロケウの言葉に、私達はこれでもかと言うくらい目を見開いた。


《っ、しかし……俺には使命が》

《お前がどうしたいのかを、聞いている》


 有無を言わさない雰囲気のオロケウに、兄さんは頭を振って後ずさった。それでも見逃すつもりはない、と言わんばかりの威圧感に、やがて兄さんもオロケウを見据えて覚悟を決めたような声で吠えた。


《次代の守り手として誇り高くあれと、周囲から期待され俺自身もそう在るべく努力はして来た。それでもオロケウ、貴方のようにはなれない。少なくとも、今は》


 オロケウは、ロロ兄さんの言葉を感情の読めない表情で聞いていた。


《このままの俺では、後を継いだとしても守り手としての責は果たせない。あまりにこの世界の脅威を知らなすぎると『あの時』に痛感した》


 私は兄さんの言葉にハッと息を呑んだ。彼がどの出来事を指しているのかは、言葉にされなくたって分かる。私がユーリを失った日、スプリガルがあの境界線の(きわ)まで攻めて来た日だ。


《俺は、俺自身が真に守り手たり得るのかを見極めたい。この脚で地を踏みしめ、この目で世界を確かめ、己の度量と()すべきことを知りたい……それに本音を言えば、群れの仲間を放り出してでも、この妹分を守りたいと言うのもある》

「え……」


 思わず私の口から間の抜けた声がこぼれたけれど、兄さんは至って真剣にオロケウを見据えていた。オロケウは、時折見せる悪戯っぽい表情でこちらに視線を向けて、ニヤリと牙をむき出して笑ってみせた。


《お前の過保護な兄貴分は、こう言っているが?》

《でも、父さん……ううん、ロロ兄さんは本当にそれでいいの?ついて来てくれるのは嬉しいけど、今回の旅は都市に行くことが目的だし、兄さんにはかなり不自由させちゃうと思うんだけど》

《構わん。俺も見知らぬ土地での生活や、旅にも慣れておきたい。お互い、前哨戦(ぜんしょうせん)ということになるのだろうが》


 そう告げると、兄さんは苦笑のような唸り声をあげて、言葉を続けた。


《お前を、守りたい。あの時、お前の傍らに居なかったが故に……いや、お前を守るだけの力がなかった故に、何もしてやれなかったことを悔やみ続けていた。お前を、一匹狼にはしたくはない……俺を望んでくれるか、リア》

《うん、一緒に行きたい!兄さん大好きっ》


 私が甘えて身体をすり寄せれば、兄さんも鼻面で優しく私の頭に触れた。


《本当に、良いのか。我らが(おさ)よ》

《お前が居なくとも、やっていける程度に群れは育った。お前が育てたのだろう、ロロよ》


 父さんが私達の頭にそっと触れると、そこから優しい感情が伝わって来る。


《リアも一人前のハンターになった……どちらも、自慢の家族だ》


 しみじみと落とされた言葉に、私も兄さんも胸にこみあげるものを感じながら顔を見合わせた。いつもオロケウと顔を合わせれば口喧嘩ばかりしているメクトゥシも、今日はしんみりした感じで私達を見守ってくれていた。


《目指すのは、どこだい?》

《学院都市・イゾルデってところよ》


 私が答えると、メクトゥシは『ああ』と納得した感じで頷いた。


《知っているのか、メクトゥシ》

《まあ、鳥には有名な土地だね。鳥にと言うか、ワタリガラスにと言うべきか……リア、余裕があるならナジークに声をかけてみな。アレとは仲良くしてただろ?イゾルデは、ワタリガラスにとっちゃ世界一住みやすい街だからね。喜んで付いていくだろうよ》


 だからこの前は快く手紙を届けてくれたんだ、と思いながらエルに少しはイゾルデのことを聞いておくべきだったかもしれない、なんて今更のように後悔する。でも、エルはあんまりイゾルデのことを話題にしたくないみたいだったし。


《慌てて我らを呼んだと言うことは、雪解けと共に出立(しゅったつ)なのだろう。悠長にしている時間はあるのか?》


 オロケウの言葉に、私は慌てて首を横に振った。


《いけないっ、もう行かなくちゃ。父さんも母さんも、ちゃんと挨拶できなくてごめんなさい!》

《良いんだよ、こうして呼んでくれりゃ。娘の一大事に放っとくほど薄情じゃないだろ、私も、そこのヘタレ狼も》

《ガミガミ喧しいだけの鳥頭に代弁されたくはないが……まあ、そういうことだ》


 こんな時まで喧嘩しないで欲しい、とは思うけれど、そもそもダイアウルフとイヌワシが肩を並べて喋ってるってだけで、ほとんど奇跡みたいなものなんだって最近知った。これくらいなら照れ隠しみたいなものだって分かっているから、私も心配しないでいられる。


《行ってきます。父さん、母さん》


 それぞれの鼻面とクチバシにキスを落として、それからギュッと抱き締める。立ち上がって森に背を向けた瞬間、自分がどこまでも『人間』になってしまったような、それは当たり前のことなのに、どこか自分じゃない存在になってしまったみたいな感覚がして。


「アッフ!」


 数歩先を行っていたロロ兄さんが私を呼んで、それだけで森とのつながりの端っこを(つか)んだような気がして、ホッと息を吐く。


《行こう、兄さん》


 そっと兄さんの背中に触れて、振り返らずに走り出す。




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