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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第2章―真実の書― 旅立ち篇
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03 いつかの記憶と託した願い ⑥

「……済まない」


 少しばかり喉の痛みも楽になった私が呟くと、フィニアスは呆れ返ったような顔をこちらに向けた。


「君、自分がどれだけ寝こけていたか分かりますか」

「いや、今しがた起きたばかりだ」

「……私もここに到着したばかりですが、恐らく君は六日の間眠り続けていた計算になります」


 私はさすがに目を見開いて彼を見つめたが、フィニアスがこのような時に冗談を言う性格でない事くらいは重々に承知していた。彼は小さく溜め息を吐くと、どこからか手紙と思しきスクロールを取り出し、私の眼前に広げて見せた。


「こちらでお休みの姫君が、私に泣きついていらっしゃったもので」


 そこにはリアの筆跡で、エルが倒れたから雪が止んだらすぐに来て欲しい、と書いてあった。私の症状が細々と震える字で書き連ねられているのを見て、彼女はどんな想いでこれを書いてくれたのだろうと、胸の締めつけられるような心地がした。

 上手く力の入らない手で、そっとリアの髪を撫でながら、ふと思いついたことを口にする。


「……手紙を送る伝手(つて)などあっただろうか」

「彼女のお友達のナジークとやらが届けてくれましたよ」

「ナジーク……ああ、ワタリガラスの」


 それで諸々の納得が行った。そう言えば、最近になってワタリガラスの友が出来たと喜んでいたなと思う。


「それで納得出来てしまう君も、大概リアに毒されているようですね……まあ、ワタリガラスで幸いしたと言うべきでしょうか」

「イゾルデは、さぞかしワタリガラスの間で有名な国だろうからな」


 学問の都において、知を運ぶ鳥とされるワタリガラスは、それこそ神の使いか何かの(ごと)く大事にされている。他の場所ではむしろ不吉の象徴として嫌われる傾向のある彼らにとって、世界で最も住みやすい国であるに違いあるまい。


「ナジークも迷わず到着出来たようで、私も雪が止んですぐに出発が叶った、と言う訳です」


 それはどうだろう、と思いはしたが口には出さなかった。ここからイゾルデまではかなりの距離がある。どれだけワタリガラスが速く飛んだとしても、手紙を受け取って直ぐに出発しなければ、否そうしたとしても到着出来るかどうかはかなり微妙な所だろう。どうやら相当な強行軍……と言うよりも無茶をしてここまで来てくれたらしい。

 ただ、そう言った事を暴かれると不機嫌になる人だから、私は彼を見上げて一言だけ告げた。


「ありがとう」

「……まあ、元気そうで一安心と言うものです。聞けば、随分と馬鹿な事をやらかしたそうで?」


 リアの手紙で私のやらかした『馬鹿』の内容を知っているらしいフィニアスに、私はバツの悪い思いで目を逸らした。


「目を逸らしても無駄ですよ。全く、時折君は子供のような真似をしますね……ほら、気休め程度にしかなりませんが、これでも呑んでおきなさい」

「これは……」


 今までの事がある故に、この人から渡される薬の(たぐい)には、どうにも警戒心が湧く。


「水です」


 端的に告げられた言葉に、そんなはずはないだろうと鼻を近付けてみるも無臭。まあ、幾らこの人でも病み上がりに毒は飲ませないだろうと、ひと思いに飲み干す。


(……水だ)


 山の湧き水と同様に、多少は鉱物系統の成分は含まれているかもしれないが、その主たる成分は純然たる水であるように思えた。


「何故、また水を?」

「だから、気休め程度と言ったでしょう。ちょっとリースラの泉まで行って、()って来ただけです」

「っ……」


 私は思わず咳き込みそうになってしまった。リースラの泉の名を知らない者は恐らく居まい……世界の始まった場所として創世神話にも出て来る聖なる泉であり、アドラ山脈の山頂に存在するとあくまで神話として囁かれているものの、実を言えば実在している。(もっと)も、人が生身で登るには(いささ)か険し過ぎる道程(みちのり)であり、決して『ちょっとそこまで』行って来るような場所ではない。


 一度だけ私も訪れた事があるが、もう二度と行くまいと心に誓った。とは言え、リースラの泉の水は『聖なる泉』とされているだけあり、何故か解呪の触媒や病の治癒薬の基材として非常に親和性が高い。それ故に偽物も多く出回っている、と言うよりも世に出回る殆どが偽物であるのだが……フィニアスが行ったと言うのならば事実そうなのだろう。


 勿体(もったい)ないものを呑んでしまった、と言う貧乏根性が顔を覗かしかけるも、折角フィニアスが(相変わらずズレた感覚ではあるものの)心配して気を遣ってくれたのだろうからと、悔やむのは止めて置く事にする。それに、先程から心なしか身体が軽い……病は気の持ちよう、と言った所かそれともリースラの泉のご利益(りやく)か。


「君も、もう子供ではないのですから私も煩くは言いませんが、周囲の人間のためにも身体には気を配って欲しいものですね。子を持つ身として、あまりに軽率なのでは?」


 フィニアスの(とげ)を含んだ言葉が、私自身の事を心配するだけでなく、具体的に何を指しているのかを知っているが故に尚更重く響いて聞こえた。黙り込んだ私に、フィニアスは小さく息を吐いて寝台の端に腰掛けた。男一人の体重が加わったはずにもかかわらず、寝台はギシリとも音を立てなかった。全く、不思議な所で人間離れした人だった。


「……言っていないのでしょう。彼女には」


 静かな声と共に落とされた視線の先には、フィニアスの到着も知らず眠り続けるリアの姿があった。


「ああ……親子とは言え、背負わせる必要はない」


 私の有無を言わせない返答に、フィニアスは悲しいような怒っているような眩しいような複雑な表情を浮かべて、結局その言葉に何かを返す事はなかった。


「その様子では、君自身の問題を解決しようとした、と言う訳では無さそうですね」

「ああ、その件に関して貴方に相談しようと思っていた所だ……ただ、呪いの詳細に関しては」


 言い(よど)む私に、フィニアスは呆れたような冷たい視線を寄越す。


「私を誰だと思っているんです?聞きませんし興味も有りませんよ、そんな事」


 ……泣く子も黙る大魔法使いである。そんな彼が、例え直属の師であっても他の魔法使いの研究内容について詮索してはならない、と言う大原則を無視するはずもなく。




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