03 いつかの記憶と託した願い ①
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03 いつかの記憶と託した願い
そしてその手を、離した
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結論から言えば、リアが見たものは悪質な呪いの、それも集合体に他ならなかった。それもただ一人の術者にかけられたもの、と言うよりは無数の呪いや怨念を掻き集めて纏め上げ、それらを一つの呪いに編み直したものであるように見受けられる。
リアが『種』と称した呪いの核となる防御結界を持つ存在は、普段は力を蓄えており、何者かが干渉しようとすると攻撃してくる仕組みであるらしい。ただ、私の見立てでは大分『種』の力は弱まっており、それは恐らくかつてリアが刻んだダエグのルーンと、私が投与し続けている魔法薬によって『種』への栄養供給が妨げられていることにあるようだった。
少なくとも、私のして来たことは無駄にはなっていなかったのだと安堵するも、残念ながら具体的な解決策が見出された訳ではない。リアの記憶から覗いたライの病は、どうやら親から受け継いだ呪いの母体である『種』に仕掛けられた無数の魔法陣と、何らかの条件が合致することでまず呪いが発現し、そこに病が呼び寄せられたり、全身に『根』が降ろされていくことで身体機能が断絶され停止に追い込まれる、という構造になっているらしい。
何よりも私が愕然とさせられたのは、その呪いを構成する魔法陣の膨大さであった。
「……冗談だろう」
思わず呟いてしまった私の声に、魔法陣の基礎的な教則本を読み込んでいたリアが顔を挙げた。ここ数日、私が目を閉じている時は、リアの見てきた記憶を精査していることを知っていた彼女は、心配そうな表情でこちらを見ていた。
その私を見上げる顔に、いつの間にか自分が立ち上がっていた事に気付き、ドサリと椅子に深く沈み込んだ。ぐずぐずに溶けていってしまいそうな思考を掻き集め、無数のイメージに占領されて熱を持った頭を冷やそうと息を吐き出す。
「大丈夫?少し休んだ方がいいんじゃない?」
主に湿度を保つ目的で置かれたケトルを手に取ると、リアは私のカップに中の薬草茶を注ぎ、こちらにそっと滑らせた。
「……済まない」
ボソボソと口にすると、惰性でカップを口に運ぶ。ふわりと鼻をかすめるムスクのような香りに、そっと息を吐いて一口含むと、微かに甘い花の匂いを重ねて感じ、ふと肩の力が抜けた。どうやら今日のブレンドのメインは、エルダーとリンデンの花であるらしい。口中にじわりと広がる独特なリコリスの甘みが、疲れ切った脳に染み渡る。
僅かに残るピリリとした刺激は、隠し味にジンジャーを削り入れたと言った所か。いつの間にかカラカラに乾いて痛みを訴えていた喉を潤した茶に、臓腑から指先まで温められたような気がした。
「ありがとう」
少しばかり余裕の生まれた心でリアに告げれば、彼女はふわりと嬉しそうに笑って頷く。私が薬草茶など淹れても『呑めれば良い』と言う程度で、ブレンドに労力を割いたりなぞしない故に、到底このような味にはなりようがない。最近は、こうした細々としたことはリアが目を配ってくれるようになった故、大分楽をさせて貰っているように思う。
こうした気配りが出来る所など、誰に似たのやらと思いながら茶を啜り、行き詰まった思考が解きほぐれて行くのを感じた。
「……完全数だ」
ポツリと呟かれた声を、一瞬自分のものだと気付くことが出来なかった。
「完全数?」
リアの声がどこかくぐもって聞こえることに、自分がまた思考の淵に沈みかけていることを感じて、思考を整理するべくポツポツと言葉に落としていく。
「ライの持つ『種』に展開されていた全ての魔法陣の分析が、今しがた完了した。総数は496」
私の言葉に、リアがぽかんとした表情を浮かべるのを見て、思わず笑ってしまいそうになる。否、もはや笑う意外に何をすれば良いと言うのだろうか。
分析の結果、弾き出されたのは想像していたよりも遥かに絶望的な状況だった。496などと言う気違いじみた数の魔法陣が絡み合った呪いが、友の身体の中に埋め込まれて今この瞬間も死へと時を刻み続けているのだと思うと、嘆きよりも吐き気がこみ上げてくる。
あれだけおぞましい光景を目の当たりにさせられて、全てを見届け正気を保っていたリアの精神力にも驚かされるが、私が彼女に伝えてやれるのが絶望的な状況のみと言うことが不甲斐なく口惜しい。このような複雑かつ厄介極まりない呪いをかけられる人間など、この世に存在するとは到底思えなかった。
「一つ解除しようとすれば連鎖的に防御反応が出て、お前が『種』に触れようとした時と同じ状況に陥るだろう」
異変を感じ取ったリアが慌ててライの意識とのリンクを切った直後、ライは激痛を伴う発作を起こした。その後はずっと体調を崩しており、数日経った今も寝込んでいる。迂闊に手を出せば、ライの死期を早めることにもなりかねない。
八方塞がりである。結局の所、一歩も進むことは出来ていなかった。
黙り込む私に、リアが私の顔を覗き込んだ。
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