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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第2章―真実の書― 旅立ち篇
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02 雪の夜、絶望と覚悟 ⑥

 そう、最近になってエルも私も知ったことだけど、エルみたいな魔法使いが『(いにしえ)の言葉』として扱うものは、私が無意識に頭の中でオロケウやメクトゥシ達と交わしていた言葉と全く同じものだった。野生の獣は『古の言葉』で意思疎通を(はか)っているのかと、その理由や私の持つ彼らと心を(かよ)わせる力が分かるかもしれないと、エルは珍しく瞳を輝かせてあれこれと調べていたけど今の所は何も分かっていない。


 ただ『古の言葉』がいわゆる母語みたいな私は、魔導を志す人がまず最初につまづくらしい言語学習に煩わされずに済んで良かった、くらいにしか思っていなかった。言葉に魔力をのせてそれを限りなく短縮するなどの実践と、魔法陣やルーンの勉強に時間をあてることが出来たんだから、別に間違ってはいないと思うのだけど、エルにとっては脱力ものだったらしくて何も言うまいって感じで首を振ってたけど。



 今もどこか苦笑するような表情をしているエルに首を傾げると、ポン、と頭に優しい手がのせられた。


「あまり、応用ばかりにかまけていないで、基礎固めを万全にして欲しいものだがな」

「う……そ、そっちも頑張ります」


 エルは小さく笑うと、囁くように言葉を落とした。


「ありがとう」


 ハッとして見上げたエルは、どこか晴れやかに覚悟を決めたような表情をしていて、やっぱり誰よりもライを救いたいと願っているのはエルなんだと確信した。私が見ている限りエルが一番に心を開いてるのはライで、いつだってエルはライの病気を治す手立てがないか探し続けてた。エルが魔法薬とか錬金術の新しい研究に手をつけている時は、大抵ライの病気絡みだってことを、いつも一緒にいる私はよく知っていた。


 きっと、ライの病気が進行するかもしれないなんて可能性さえなかったら、例え自分が呪いだの病だのに侵されることになったとしても、ライの病を『読み取ろう』としたに違いなかった。そしてそれは多分、逆の立場ならライも同じことをしたはずで、そんな二人の関係が少し(うらや)ましいって感じると同時に、どちらが欠けてもいけないと思わされる。


 私が大事にされていることは、十分すぎるくらいに分かってる。私がこうやって自分の命とか安全を投げ出すことを、二人とも望んでなんかいないってことも。それでも、返しきれない時間と幸福の全てと、守りたいものがあるから。


「っ、君たち親子は二人揃って正気かい?ネイトなら止めてくれると思ったのに!」


 裏切られた、と言うような表情を向けるライに、エルは珍しく人の悪い笑顔を浮かべた。


「覚悟を決めたこれに何を言っても無駄だ。安心しろ、例え何があっても、二人まとめて私が救ってやる……常々お前が言っているのだろうが。最強の魔法使いだと」


 絶句したライをエルは鼻で笑って、彼をいつもの作業台の前に引きずっていくと、一言「さっさと寝ろ」と顎で示した。


「え、ちょっと、ちょっと待って。まさか今やるのかい?」

「うん。エルとライの気が変わらないうちに」


 私がエルの代わりに答えると、ライは頭痛をこらえるような表情をしたけれど、やがて諦めたように着ていたチュニックを脱いで作業台の上に横になった。


「……良いのだな、ライ」


 淡々と確認を取るようにエルが顔を覗き込むと、ライは思い切り顔をしかめた。


「君がそれ言うの?どうせ何言ったって頷かせるんでしょ、いつもみたいに」

「まあ、そうだが。止める理由も、大して無くなってしまってな」

「そこは止めてよ、父親だろ……」


 ライの呆れたような声をさらりと聞き流すと、エルは真剣な表情で私の前に(ひざまず)いた。いつものように合わせられた視線は、全てを見透かすみたいにどこまでも深く私の瞳を覗き込んでいた。嘘は許さないと、言葉の外側に強い意志を滲ませて。


「これからお前が行うのは、今までのような子供騙しの練習魔法などではなく、世界と結びつき干渉し書き換えるための、正真正銘の魔術となる……今までにも再三教え聞かせてきたように、一度踏み出せば二度と戻ることは出来ない。かつて弓とナイフを与えた時に、伝えた言葉を覚えているか」

「……力を持つ者は、責任とその覚悟を」


 今と同じように、記憶へと刻みこむように教えられた言葉だった。忘れるはずがない。エルは頷くと言葉を続けた。


「そうだ……世界を書き換える(すべ)を手にすれば、それを取り巻き通じる全てから、逃げることは許されない。私が手を引き、導いてやれることなど一握りに過ぎない。己で思考し、創造し、歩み続けねばならない。それが、力を手にする我々の義務だ。それでも、魔導の道に踏み込む覚悟はあるか」

「はい」


 私は力強く頷いた。それは覚悟ですらない、私の一部だ。


 そうして、ようやく気付いた。私の牙であり、鉤爪である、生まれ持った力。この血に溶け込み全身を巡る魔力も、術句となる『古の言葉』も、私の本能に刻まれたもの。それは手にしていないことの方が不自然で、私が生きていくためにも『家族』と心を交わすためにも必要不可欠な力。


 世界と繋がる力は、紛れもなく私の一部。それが魔法だと言うのなら、私はきっと……


「魔法使いになるべくして、生まれてきたから」


 私の言葉に目を見開いたエルは、どうしてか泣きそうな顔で笑って「そうか」とだけ呟いて立ち上がった。私は台に向き直ると、横たわるライの右手をそっと握った。その手が(かす)かに震えているのを感じて、ライの瞳が不安に揺れていることに気付く。



「……信じて」



 ライは小さく息を吐き出すと、頷いてそっと目を閉じた。



 私はスゥと息を吸い込み、言葉を落とし始めた。




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