02 雪の夜、絶望と覚悟 ③
今までずっと私に言うのをガマンしてたのかもしれない。堰を切ったみたいにあふれる言葉は、どれも私を心配するものばかりで、そして全てが正論だった。それでもこんな所で折れているわけにいかない私は、しっかりとライの目を見つめ返した。
「勘違いしないで」
私がはっきりと口にした言葉に、ライは目を見開いた。そう、それでもこれだけは言っておかなくちゃいけなかった。私は決して吟遊詩人になりたいわけじゃないから。
「確かにライの話してくれる吟遊詩人としての生き方はカッコいいと思うし、だからなりたいって言うのもあるよ。でも、それが理由で世界中を見て回りたいわけじゃないの。この世界を歩いていくなら、沢山の選択肢を持っておきなさいってエルが言ってたから、その一つとして歌も竪琴の腕も磨いておきたいだけ。外には絶対に出て行くつもりなんだ」
視界の端で、エルがそっと目を伏せるのが見えて、胸の奥がぎゅっとつかまれるような感覚がした。この一年、二人で何度も話し合って、たどり着いた結論。これが正しいのかどうかなんて分からないけど、私が心からそうしたいと願うから、今はそれを目指して私にできる全てを最短距離で学んで身に着けていくしかない。
「私の知ってる仕事なんて、狩人と剣士と薬師と魔法使いだけ。でも、その全部を教えてくれる最高の先生がすぐ近くにいるんだもの。全部学び取って、強くなって、それで世界を見に行くよ。だから、今すぐって話じゃないし……その頃には私もきっと分別がついてるだろうって、全部エルの受け売りだけど。でも、そんな風に大きくなったら、もうライも止められないよ。そうでしょ?」
ライは私の言葉にぐっと黙り込んで目を伏せた。心配してくれてるのは分かってるし、本当は心配なんてさせたくないとも思う。私の『父さん』であるエルとは話し合ってるから、ライを納得させる必要なんてない、とは私にはとても思えなかったし。
家族っていうのは、きっと血の繋がりとか一緒に住んでるとか、そういうことだけじゃないんだと思う。まだ、最近気付き始めたばかりのことだけど。
「……ネイト、君は納得しているのかい」
静かな声で、ライがエルに問いかけた。それはどこか自分が熱くなりすぎないように抑えつけているみたいな感じで、エルもその声の調子に気付いたのか、開いたままだった本のページをパタリと閉じてライを見据えた。
「ああ」
迷いのない声に、私の方が驚いてエルを見つめてしまう。ただ、エルはどこまでも静かな表情で『もう決めたことだ』とでも言うように、揺るがない瞳をライに向けていた。しばらく黙り込んでいたライは、やがて諦めたように溜め息を吐いて……けれど、相変わらず諦めの悪い、強い意志をこめた視線を私に向けた。
「君が何を目的にしてるのか、僕は知らないし、無理に聞き出そうとも思わない。ただ、どこへ行くんだとしても、いつか遠くに旅立つ時は絶対に僕を呼んで」
「え、それって」
「君の旅に、僕がついていく。それに頷いてくれないなら、どんな手を使ってでも君が旅立てないように妨害するよ」
決意に満ちた表情に、私は気が遠くなる感じがした。ライはやると言ったら、絶対にやる。いつもニコニコして優しいけど、ものすっごく、もしかしたらエル以上に頑固で自分の決めたことを曲げない性格だ。ライがどんな手を使っても、って言うなら本当にそうするはず。想像もしたくないけど。
ただ、私も絶対に一人で行かなくちゃとは思ってないし、ライが一緒に来てくれる方が安全に決まってる。でも、ライは私と違って外の世界での立場とかお仕事とかあるんじゃないのと考えて、これまたライのこともほとんど知らないんだってことに気付く。
シアお姉ちゃんはこのエルディネ王国の騎士団の偉い人で、ライとエルは昔からその友達だったって言ってるんだから、似たような立場とかにいるのかもしれない……でも、それだと一ヶ月に一回なんてペースでこの塔に来るのなんて絶対にムリだよね?そもそも、前に吟遊詩人だけが仕事じゃないって言ってたけど、吟遊詩人と合わせてできる仕事なんて何があるんだろう。
そこまで考えて、ふと大きな壁が立ちはだかったことに気付く。
エルは、そもそもどうしてこの塔にいるんだろう。今まで無意識に考えないようにしていたのかもしれない……その問いに揺さぶられた私がエルに目を向けると、エルは珍しく私の視線にも気付かずに『正気か』とでも言いたそうな表情でライを見つめていた。
「ライ……お前は自分が何を言っているのか、分かっているんだろうな」
「分かってるよ。僕は二度と自分の大切なものを、間違えたくないんだ。それだけだよ」
エルは溜め息を吐いて手に負えない、と首を横に振ると私に視線を向けた。
「こう言っているが、お前はどうするつもりだ」
私はライを見つめると、この先の未来のことを考えた。普段は考えないようにしている、ライがいなくなってしまった世界のことを。信じられないことだけど、いま目の前にいるこの人は、そう遠くない未来に心臓を凍りつかせて死んでしまう。それは私の生まれるよりずっと前に決まっていたことで、今日までエルが調合した薬と機関の腕で命を繋いで来ただけなのだと、何でもないことのようにライは笑ってそう言っていた。
あとどれだけ、こうしていられるだろう。それを考えると、自然と言葉は口をついて出た。
「私と一緒に来るってことは、ライが私の命を預かるってことだよね?」
「……そう、なるね」
唐突な私の言葉に、ライは戸惑いながらも頷いた。
「それじゃあ、ライも私に命を預けて?」
「っ、リア、それはっ……!」
私の言葉の意味に一瞬で気付いてしまったエルが、ガタリと椅子から立ち上がる。エルの表情からただならない雰囲気を感じ取ったのか、ライは鋭い視線を私に向けて口を開いた。
「どういう意味かな」
「ライの命を繋ぐ方法、見つけられるかもしれないって言ってたことが、一つだけあったでしょ」
「……そう言う、ことか」
ライは『やられた』と言う表情で目を閉じた。




