01 不完全な狩人達 ⑧
私はライの言葉に一瞬なにを言われたのか理解できなかった私は、ライに向かって思い切りふくれて見せながら言った。
「ひっどい!誇り高いオオカミをイノシシと一緒にしないで!」
「怒る所はそこなのかい、リア……」
ライは呆れたようにそう笑って、まだ少し震えている手でダガーをしまうと、真剣な表情で私の前に跪いた。
「怪我はない?」
「うん」
ちょっと……ううん、かなり怖かったけどと思ったけれど、口にはしなかった。本当に心配そうな顔で、私に怪我がないか確認しているライを見ていたら、とても責めることなんて出来なかった。
一先ず私に目立つ傷がないことを確認し終えたライは、私の手に触れようとしたのか伸ばした手を、何かを恐れるみたいにビクリと止めてしまった。
「……君を傷付けるどころか、失っていたかもしれなかった」
ポツリと落とされた言葉は、いつでもニコニコと飄々(ひょうひょう)としている姿からは想像もつかないくらいに震えていて、何かに怯えるみたいに揺れる瞳は今にも泣きそうに見えた。
どうしたら良いのか分からなくて戸惑っていた私が、とにかくいつものライに戻ってほしくて手を握ると、大袈裟なくらいにビクリとその肩が揺れた。私が想像していた以上にずっと、今の出来事はライ自身を傷付けてしまうものだったんだと気付くと、むしろ私の方が落ち着いたような気がした。
「大丈夫だよ、ライ」
どうしてライが傷付いてしまったのかは分からなかったけど、それでもこれ以上苦しんでほしくないんだって想いをこめて、握った手に少しだけ力をこめた。出会った時から変わらない、手袋越しにでも分かるくらい氷みたいに冷たい手だ。
それでも、その手が好きだった。いつからかは分からないけど、ライは私に触れることを怖がるようになったと思う。ずっと昔はリア、リアって抱き締めてくれたけど、それがびっくりするくらいに冷たくて大泣きしたこともあったらしい。その冷えた指先が、ライの心臓を凍り尽くそうとしている病のせいなんだと知ったのは、まだ最近のことで。
「直前で私だって気付いて止めてくれたでしょ。それは自分の力の扱い方を、きちんと知っている人なんだって、エルもオロケウも言ってた。だから、大丈夫だよ」
私の周りは、私の知らない秘密であふれているんだってことに、私は少しずつ気付きはじめている。ライにも沢山の隠し事があって、ただの優しいお兄ちゃんなんかじゃないんだろうってことも、もう知ってる。それでも、ライの手が冷たくても優しい手なんだってことを、それを知ってれば十分なんじゃないかって、今はそう思っていたい。
何より、ライはとっくの昔に私の『大切な人』だから……だから、笑っていて欲しいと願う。
「一緒に帰ろう?ライが来るの、エルも楽しみにしてたよ……顔には出ないけど」
私が付け加えた言葉に、ライはようやく張りつめた表情を緩めて笑ってくれた。
「ネイトはいつだって、顔に出ないんだ。本当は僕に会いたくてたまらないくせに」
「そうよ」
私達は顔を見合わせて、クスクス笑った。まだ少しぎこちなさは取れないけれど、それでも日常に戻ってきたんだって感じがした。私達は手を繋いだまま、塔に向かってゆっくり歩いた。こんな風に手を繋いで歩くのは、なんだかすごく久し振りな感じがして、小さなこどもに戻った気分で不思議だった。
「……ごめんね、リア」
それが何に対しての『ごめんね』なのかは分からなかったけど、私は笑って「いいよ」とだけ答えた。ケンカしたわけじゃないけど、これでいつも通り。そういう気持ちをこめて。
ライはくしゃりと顔を歪めて笑うと、久々にそっと、私の頭を撫でてくれた。大事に大事に、キラキラした宝石に触れるみたいに、そっと。
私はそんなにカンタンに壊れたりしないよって、そう伝えたかったけれど、胸を張って言うには自分が弱すぎることを知っていたから黙っていた。今は言葉で無理に何かを伝えるんじゃなくて、ただその手の優しさだけを感じていようと思った。
「ね、今年は約束通り竪琴を教えてくれるんでしょ」
そう、今は楽しいことを考えよう。今年の冬はライのお仕事がお休みで、私達の塔で冬越えをすることになってる。だから、いつもはすぐに帰っちゃって寂しいのが、冬中ずっと本当の『家族』みたいに一緒だ。
「そうだね……僕達のお姫様の仰せのままに。さっき怖がらせちゃったお詫びも兼ねて、今年は何でもお願いを聞いてあげるよ。僕にできることならね」
そんなことを言いながら、ライはいつだって甘やかしすぎなくらいに私のお願いを聞いてくれてると思うんだけど、って笑ってしまいそうになる。
「それじゃあ、雪が止んだらすぐにお散歩行きたい!」
「そんなことでいいの?君は相変わらず無欲だなぁ……」
私はそうかな、と首を傾げながら言葉を続けた。
「エルがね、あんまり雪の日のお散歩は好きじゃないみたいで。いつも寒そうにしてるから、寒いの苦手になってきたのかなーって」
「ネイトが?まあ、いつも僕よりずっと体調悪そうな顔してるけどね。あんなペラッペラの服一枚で季節関係なしにいるのが悪いんだよ」
「でも、塔の中はエルの魔法でいつでもあったかいから」
「……それじゃあ、単に出不精なだけじゃないか」
エルには悪いけど、思わず吹き出して笑ってしまう。やっといつもの調子を取り戻してニコニコし始めたライに、私はホッとしながらたどり着いた塔の扉に手をかけた。
「ただい、きゃっ!」
「うわぁっ」
ライと揃って情けない悲鳴を挙げた目の前では、エルが腕を組んで冷ややかな目でこちらを見下ろしていた。
「……いつになったら、お前達は家に入る前に汚れを払う習慣を身につけるつもりだ」
私とライは顔を見合わせると、しょんぼり肩を落とした。
「「ごめんなさぁい……」」
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