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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第2章―真実の書― 旅立ち篇
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01 不完全な狩人達 ⑦

 何通もライに宛てて手紙を書いて、実際に会いに来たライと真剣な口調で話をして、顔色を悪くするまで仕事をしているエルは私の知らない人みたいで。


 季節が巡って、ようやく元のエルに戻ってくれたけれど、何かをきっかけにまたあんな風になってしまうような気がして。


(……私はエルのこと、何も知らないのかもしれない)


 私を拾ってくれた。育ててくれた。ずっと一緒にいて、同じものを食べて同じ場所で眠って、沢山の言葉を交わして。私達の塔を訪ねてくる人は本当にライとフィニアス師とシアお姉ちゃんだけだし、エルが塔から出ることはない。正確に言えば、決して結界の外に出ることがない。それは何かを、外の世界を恐れていたり嫌っていると言うよりも、それが当然だとでも言うように。


 この一年で、エルを見ていて気付いたことがある。今まで人嫌いだと思っていたエルは、別にそんなことはなかったのだと言う事実。必要があれば村の人にも普通に話しかけるし無愛想だなんてこともない。思い返せば、ライとかフィニアス師が訪ねて来る時も、いつだって楽しそうにしている。

 何より衝撃を受けたのは、村の人に「妻が死んだのはお前のせいだ」と理不尽な怒りをぶつけられた時に、怒るどころか静かに頭を下げたことだった。


細君(さいくん)の事は、私が謝罪しても取り返しのつかない事だ。それでも、あなたがかけがえのない人を失った事を、申し訳なく思う……助けられず、済まなかった』


 真剣な声で、表情で、そう告げたエルに誰もそれ以上何も言えなかったし、言わなかった。エルが本気で悲しみ憤っているのだと言うことは、きっと誰にでも分かったはずだった。

 それでも、罵られたことに対する痛みを何一つ感じられない横顔に、きっと私だけが戸惑っていた。それは、人を遠ざけて孤独を選んだ人間の顔ではなく、人から拒絶され遠ざけられることを当然だと諦めた表情なのだと直感した。自分は罪人だと石を投げられて当然の存在なのだと、その遠い背中がそう言っているような気がした。


 どうして、なんだろう。私の知らない何が、そこにあるんだろう。

 その時はそう思ったけれど、今ではこう思っている。

 いったい私が、エルの何を知ってるって言うんだろう、と。


(ダメだ……悪い方にばっかり考えがいく)


 重く固まった息を吐き出すと、地面を蹴りつけてもっと速くと脚に力をこめる。少しずつ息が苦しくなって、走ること以外考えられなくなっていく。

 考えることは、きっと止めちゃいけない。何もかもを知ることが良いことだとは思えないけれど、それでも何かが隠されていることに浮かび上がってくる漠然とした不安だけは消し去ってしまいたい。知っていることだけで良いと思えるようになる日は来るんだろうか。


(ただ、何も知らないままで幸せに生きていられれば、それで良かった?)


 ふと浮かび上がる問いに、答えはすぐ見つかった。


 そんなもの、もろすぎる幻想だと身をもって知ったばかりのはず。私だけが何も知らないで、作り上げられた平和な箱庭の中で幸せでいても、大切な人達が外を見て溜め息を吐いていたら何の意味もない。


 だからまずは、自分を守れるだけの強さを……誰かが私のために傷付くことのないように。それから、大切な人を守れるように、一歩ずつ進んでいくしかないんだ。


 顔を挙げて駆けていくうちに、木と木の間隔が大分まばらになって来た、と情報が頭をかすめた瞬間に目の前が開けて『外』の世界が見えた。そして私の帰る場所……エルが私を待つ塔が、時の流れから取り残されたみたいにそびえ立っている。


 毎日この光景を見るたびに、いつかここを離れるのだと心に刻んだはずの想いを、投げ捨ててしまいたくなる。暖かくて優しい、私の……



 ドンッ



 森から飛び出すと、何かに勢いよくぶつかるのと同時に、首元にひやりとした感覚が走った。それは次の瞬間、頭の血管が切れそうなほどの危険を本能で感じて、全力で後ろに飛び退()いた。


「っ、リアっ?」


 慌てたようなその声が、真っ赤に染まりかけていた視界をすっと冷やして、焦点が本能の世界ではなく理性の世界に戻ってくるのを感じた。心臓が痛いくらいに脈打って、全身の血液が沸騰してなにも考えられなくなりそうな衝動を何とか抑えて前を向けば、そこには呆然とした表情で立ち尽くすライの姿があった。


 強張ったように身体の前で引きつけた右手には鈍く光るダガーが握られていて、さっき首筋に感じた寒気はそれだったんだと背筋に震えが走る。お互いに何もかもを間違えてしまったような感覚を抱えながら、荒い息が落ち着いてしまえば何を言ったらいいのか分からなくなって。


 ただ、さっきまでの爆発するみたいな殺気が嘘のように消えていて、代わりにライが私以上に戸惑っているみたいに見えたから。



「私のこと、オオカミか何かと間違えちゃった?」


 ライの顔を覗きこんで言えば、彼は夢から覚めたみたいに困ったような顔でへらりと笑った。


「……イノシシかと思ったんだ」




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