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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第2章―真実の書― 旅立ち篇
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01 不完全な狩人達 ⑥

『もう二度と、叶わない願いだからですよ。届かない祈りは、忘却する事の出来ない以上、呪いのように全身を蝕んでいきます……どうせならば、それが死に至る呪いであれば良かった。そうであれば、久遠(くおん)の時を苦しまずに済んだものを』


 ぞっとするような無表情で告げたフィニアス師は、やがて空から目を背けるように私へと視線を戻すと、またいつものように優しく微笑んで言葉を続けた。


『……と、我が身を呪うことにもなるかもしれませんね。済みません。またナサニエルに君を怖がらせるな、と叱られそうな話をしてしまいました』


 私は首を横に振った。どうしてか、今はこの人のことを怖いと思わなかった。それよりもずっと、全身を押しつぶしてしまいそうな悲しみを感じていたから。

 ああ、と。そのとき私は、今までならば気付けなかったはずの事実を、フィニアス師の瞳の中に見た。この人も、何かを……大切な何かを失ってしまったのだと。それを抱えて生き続けている人なのだと、そう直感して何もかもを納得してしまったような気がした。


 何の確証もなく、ただ本能で感じ取ってしまった悲しみの塊に、どうしていいのか分からなくて。ただ、空を見つめる私に何かを伝えてくれようとした彼に、何かを返したいと思った。だから、思いつくままに言葉を伝えた。

 かつてエルに聞かせてもらった、エルが幼かった頃のフィニアス師の話。あまりにも純粋に空を追い求める姿は、普段のこの人とはどうしても結びつかなくて正直に言えば疑っていたけれど、今なら分かる。


『フィニアス師が、見つけてくれるんでしょう?』

『何をです』

『もう一度、空に帰る道』


 私が精一杯笑いかけると、フィニアス師は目を見開いて私を見つめていた。しばらくして、ふと表情を和らげた彼は、珍しく私の頭を撫でながら優しい声で呟いた。それがきっと、初めて触れたフィニアス師の本物の優しさだったと、そう思っている。


『そうですね』


 それだけを呟いて、また元のように並んで空を眺めている時間だけは、彼と『繋がっている』感じがした。聞かなくても、分かる。きっとこの人も、空を知っているんだと。


 それだけで良かった。それだけで、フィニアス師のことを前よりもずっと好きになれる気がした。あの空の美しさを知っている人が、それを心の底から追い求めている人が、悪い人ってことはないと信じてる。一度空を飛んでみれば、きっと分かる……悪いことを考えるなんて、どうでも良くなるくらいに空は広くてどこまでもきれいだから。


 それなのに、と目の裏に浮かびそうになる『底なしの闇』を、気を抜けば私を呑み込んでしまいそうになる記憶をもう一度きつく封じ込める。


 空を、その青さも美しさも知っているはずなのに、この世の憎しみと怒りを全て封じ込めたような瞳を。呪いを自ら魂に刻み込んだ、空の一族。


「スプリガル……」


 この一年で何度も思い返したその名前を、口の中で呟いた。一年経った今でも、メクトゥシに聞いた以上のことを私は知らない。エルにも聞いたことすらない。


《その名前を口にしちゃいけないよ》


 そう、メクトゥシから強く念押しされていたからだ。


《スプリガルの名前を、知ってるってだけで危険なんだ。本当はアンタにだって教えたくはなかったけどね》

《どうして教えてくれたの?》

《知らない方が危険だと思ったからね》


 そう言われてしまえば、メクトゥシと約束した通り誰にもスプリガルのことを話したり聞いたりすることはできなかった。エルもライもフィニアス師も、私の周りにいる人達は本当に何でも知っているし、スプリガルのことだって聞けば答えてくれるのかもしれない。だけど、知っているだけで危険、という名前を不用意に口にして大切な人を危険にさらすようなことだけはしたくなかった。


(何より、聞いちゃいけないような気がする)


 いつも、私が知っておくべきことは必ずきちんと理解するまで話してくれるエルが、何も私に告げなかったと言うのが私の口を閉じさせる一番の大きな理由だった。スプリガルの襲撃はエルの結界のすぐ外で起きたことだったし、その後しばらくはエル自身も色々忙しく働いてるみたいだったから、何も知らないなんてことは有り得ない。


 ユーリを失って私が苦しんでることも知っていたし、私が今回のことに関してできるだけ多くのことを知りたいと思っていることにも気付いているはずだった。それなのに一言も話そうとしないのは、私が『絶対に知るべきではない』と考えているんだろうってことだけは良く分かった。


 襲撃の後のエルは、私が話しかけるのもためらってしまうくらいに、ずっと怖い顔をして動き回っていた。何冊も本を広げて見たこともないような複雑な魔法陣を描いて、同じ薬を何かに備えるみたいに大量に作っては森に埋めたり、いつもと同じようで違うことを黙々と繰り返す姿は何かにとりつかれているみたいだった。


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