01 不完全な狩人達 ③
今まで楽しくて心地よい熱と興奮に満ちていたはずの狩りは、寒く孤独でひたすらに厳しいものだった。森の深くまでの道も、仲間と一緒ならどこまでだってワクワクした気分で駆けられても、一人ならば当て所もなく走り続ける時間が永遠の苦痛に感じられた。
自分が仕留め損なっても、誰かが助けてくれることなんてなくて、何度も何度も獲物に逃げられてしまうなんて当たり前のことで。たった一人の人の足では追いつけるはずもないから、待ち伏せをして気付かれないような死角から矢を射る他に術はないのだと、かつて一匹狼だった時があるらしいオロケウに教わった時には、こんなにも来るかどうか定かではない獲物を待ち続ける時間が空虚に感じるだなんて知らなかった。
これが一人で生きていくということなのだと……ううん、それはもっとこんな時間なんて比べ物にならないくらいに、長くて冷たい時間なのだと思うと、心が凍りついてしまうような気がした。
《……俺はお前と似たようなものだ》
《兄さん?》
どこか自嘲するみたいな声で落とされた言葉に、私はハッとして振り返った。いつもは威風堂々として大きく見える姿が、どうしてか今はどこか自分を恥じるみたいに小さくなっているみたいで。
《お前や弟妹達は、俺の事を無邪気に褒め称えて来るが、それがひどく心苦しい時がある》
《……どうして》
《とうの昔に成年となっている狼が、なぜ群れを離れていないのか不思議に思ったことはないのか》
ひた、と兄さんの瞳に見据えられて、それがどこか縋るような色に見えたから私は戸惑った。ただ、彼が私に恐らく誰にも口に出したことのない自分の心をさらけ出そうとしているのだと、それがきっと私のためなのだと気付いて真剣に言葉を探した。
《理由は前に聞いたことあるよ。父さんの跡を継ぐためだって……兄さんは特別な存在なんだって》
それはどこか自慢気に、自分のことのように語る一つ下の弟・セドゥルの言葉だった。そのセドゥルも、今はもう自分の群れを新しく作るために出て行った。ダイアウルフの群れは普通の狼の群れと似ているようで、まず寿命が長いことで色々な周期が長くなる。
厳格な序列がそれぞれの間にあるのはもちろんだけれど、狼よりもずっと『家族』の繋がりは深い。ただ、自分の血を残すことが本能にある子供達は、やっぱり普通の狼と同じように一人前になれば群れを出て行くことになる。群れの中で子を成すことが許されているのが、長であるオロケウだけだからだ。
群れを出れば、他の群れのテリトリーを侵さないように自分のテリトリーに出来る安全な場所を探して、更に伴侶や配下も獲得しなければならないという厳しい旅路が待っている。だけど、その旅に出ることが誇りであって、一人前の証でもある。
誰よりも立派なダイアウルフであるはずのロロがどうして群れを出て行かないのかが、ずっと不思議で仕方がなかったけれど、特別なのだと言われれば納得してしまえるだけの風格がロロ兄さんにはあった。跡を継ぐ、という概念がダイアウルフというか野生の獣達に存在するのかは分からないけれど、少なくともこの森に限って言えば『森の王者』として名を馳せる地のダイアウルフ・オロケウと空のイヌワシ・メクトゥシという、私の『父さん』と『母さん』が双璧を成していることは知っていた。それが地位、ってことなんだろうか。
《俺は特別でも何でもない、ただ他のダイアウルフよりも魔力を多く有していて長生きすると言うだけの話だ。どう足掻いても、オロケウのように偉大な存在にはなれない。森の守り手としては分不相応に過ぎる》
《その、守り手って何なの?》
《……ああ、それは聞かなかったのか。文字通り、外敵の侵入からこの森の生きとし生ける者総てを守ることだ。代々のイヌワシとダイアウルフが務めてきたが、別段その種族に限らねばならないと言う定めも、その血筋に限らねばならないという事もない。現に当代守り手のオロケウもメクトゥシも、遠くからやって来て棲み着いた者だと聞く。そして、お前の『外』での父、あの魔法使いがやって来るずっと前から森を守り続けてきた》
それは途方もない話だと、正直に言えばそれ以上の感想が思い浮かばなかった。ロロの言う私のもう一人の父さんであるエルが森の端の塔に住み始めてから、塔を中心にして一帯をぐるりと囲む結界が敷かれるようになって『外敵』は中に入って来れないようになった。エルによれば、入って来る者の意識に直接働きかけて『敵意』にフィルターをかけているのだと言っていたけれど、教えてくれた理論は難しすぎてこれっぽっちも分からなかった。
それはさておき、この森は誰も果てを知らず一度入れば戻っては来れないと恐れられてはいるのだけれど、きちんと果てが存在することを私は知っている。それでも、ダイアウルフの脚で駆けて三日はかかる道のりで、それだけの広い森の端に私達は住んでいるだけなのだ。その森の全部に目を光らせるなんて、絶対に無理なんじゃないかと思うんだけど。
その感情がそのまま伝わったのか、ロロは歯を見せて笑いながら頷いた。




