08 祭灯と静寂 ⑬
《あれは、なんなの》
《……魂を吸い取る剣らしい》
迷いながら口にしたメクトゥシに、その言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。
《それって、剣の中にまだユーリの魂が》
《馬鹿なこと考えるんじゃないよ》
ピシャリと言われて私は黙った。自分が何にすがろうとしているのかは、分かっているつもりだった。
《奴らの持ってる剣は、数え切れないくらいの魂を吸ってる。そんな噂が立って鳥の耳にも入るくらい、殺し回ってるってことだよ。例えアンタがその剣を見つけたとしても、閉じ込められた魂はとっくに壊れちまってる。剣が壊れるまで、他の魂と一緒くたになって永劫の時を待つうちに、自分のことなんか忘れちまうんだ》
メクトゥシの続けた言葉に、全身にゾクリと寒気が広がるのを感じた。それは、ひどく残酷な現実だった。道はないのだと、一つずつキレイにふさがれて行くような心地すらした。
それでも。
《……それでも、ユーリの魂はそこにあるんだよね》
《……リア?》
私は目を閉じて、深く息を吸いこんだ。私は私のやるべきことを、一生かけてでもやり遂げなきゃいけないことを、見つけた。
《スプリガルの剣を、全部壊しに行く》
《アンタ、自分が何言ってるのか分かってるかい》
私は頷いて、笑顔を浮かべた。自分でも無残な笑顔だと分かってた。
《一生、戦い続ける道を行くってことだよ。帝国を敵に回すことになるかもしれない》
《それでも、決めたの。必ず全部見つけ出して、全部の魂を解放する。この世界にいるって分かってるのに、ユーリを閉じこめたままになんてしておけない》
メクトゥシは呆れてものも言えない、という感じで黙りこんだ。
《そもそも、あんな剣めったに作れないでしょう?全部壊すって言っても、きっとそんなに数はないと思うんだ。ちゃんと、終わりはある旅だよ》
そんな保証はなくても、むしろ旅に終わりなんてなくても構わなかった。
これは私にとって、単なる口実なのかもしれなかった。
《ユーリとも、約束したんだ。二人で旅に出ようって……エルフの住む白銀の都。ドワーフの作り上げた宝石と黄金の地下都市。その先にある海っていう果てしない水の広がる空を渡って、誰も見たことのない国へ行くんだ。だから、私は行かなくちゃ》
顔をあげて、空の彼方を見つめる。この先にあるはずの広い広い大陸は、こんなに高い場所からでも見渡すことなんて出来ない。
《こんなにも広くて遠いけど、必ず行くよ》
私が自分で確かめるみたいにハッキリと口にすると、ずっと黙って聞いていたメクトゥシが不意に言葉を落とした。
《行ってみるかい?》
《え……?》
戸惑う私に、メクトゥシは淡々と告げた。
《今すぐにでも、飛び立てる。私は、失うものなんてもう何もないからね。子供達はもう大きいのばかりだし、生きていけるだろ。それより、リア。アンタは、あと少しもすれば私に乗れなくなる……そうすれば、アンタは自分の足で道を歩かなけりゃ前に進めなくなる。地面に縛り付けられたままの一生だ》
それは、空の広さを知っている私には、気の遠くなる話であるように感じられた。地上はどこでも好きに走り回れるワケじゃない。高い山脈に深い谷。足場の悪い場所だらけで、人間の歩ける場所なんてほんの少ししかない。
私はこんなにもちっぽけで、今だってオロケウやメクトゥシの力がなければ、森の中を満足に進むこともできない。それが、この広い大陸を歩くことなんて出来るのだろうか。
《全てを捨てる、覚悟はあるかい?一度飛び立てば、二度とはここに戻れない。私達は、そういう生き物だから……さあ、どうする》
私は目を閉じて考える。いまここを出て、失うものを。
一つずつ、指折り数えて。私は笑って数えるのをやめた。
そんなの、分かりきっている。
《まだ、行けない……私は、自分の足で立って歩くよ》
《……そうかい》
メクトゥシは、満足そうに……そして少しだけ寂しそうに呟いた。
これで良かったのだと、思った。私は、強くならなくちゃいけない。一人で立って歩けるように。エルの、父さんの助けがなくても、ちゃんと生きていけるように。
《メクトゥシ》
《なんだい》
私はそっとその背中を撫でながら、これが彼女に乗る最後になるかもしれないと考えながら言葉を紡いだ。
《私は地面を踏みしめて歩くけど、ずっとメクトゥシの……空の子供だから》
《……当たり前だろ》
ぶっきらぼうに言った彼女の首筋に、顔を埋めてありったけの感情で心に触れる。
《ありがとう、母さん》
彼女は何も言わなかった。それでも、伝わったのだと思った。
円を描くようにして、あの塔へ降りていく。この一瞬の全てを、目に焼きつけていたいと、二度と忘れたくないと風を抱き締めて祈った。
降り立った先では、エルが私を待っていた。いつも以上に青白い顔を見て、心配させたのだと、ずっとここで待ってくれていたのだと知った。
何を言えばいいのか分からなくて立ち尽くしていると、エルが静かに歩み寄って来る。
ふわりと、抱き締められた腕は、想像していたよりもずっと暖かかった。
生きている、人の温もりだった。
エルは冷え切った私を掻き抱くと、私が忘れてしまっていた言葉を、何度も告げてくれたはずの言葉をもう一度、ふるえる声で呟いた。
「生きていてくれて、よかった」
涙が、こぼれた。
今まで、何もかもが空っぽで、どうしたらいいのか分からなくて。寂しいとか、悲しいとか、そういうことを感じる心さえ壊れてしまったような気がしてた。
あの瞬間、私の心まで一緒に灰になったのだと。
そうじゃ、なかった。
(いきてる……)
涙があとからあとから、あふれて止まらなくて。
さびしくて。かなしくて。こんなにも、あたたかくて。
こんなにも愛されていたんだと、気付いた。
「父さん」
「ああ」
迷うことなく応え、私の髪を撫でてくれる優しい手に、いまはただ自分のために泣くことを許そうと思った。
いつかこの手を離す時が来る。そう、自分で決めたから。
そう遠くはない未来を堅く握りしめて、私はそっと目を閉じた。
夜啼鳥の、声が聞こえる。
死を告げ、死を悼む鳥の声。
この旅の始まりを、告げる声だ。長く果てない旅路の始まりを。
悲しみを、寂しさを、愛しさを、この記憶の全てを抱き締めて私は行こう。
歩き続けよう。
いつかの約束の地、誰も知らない世界を求めて。
もう一度、君の魂を抱き締めるまで。
第1章完結となります。最後まで有難うございます。
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引き続き【第2章 真実の書】お付き合いくださいませ。




