08 祭灯と静寂 ⑫
《リアっ》
温かい感覚と、なだれ込んで来たメクトゥシの意識に、ようやく正気を取り戻す。
《連れていって、メクトゥシ。ここから私を連れ出して……どこでもいい、できるだけ高い場所にっ》
メクトゥシの首にすがり付いて懇願すれば、彼女は何も言わずに私を乗せて飛び立ってくれた。
《高く……できるだけ高く。おねがい》
うわ言のように繰り返す私に、メクトゥシは私を心配しながらも高度を上げていく。彼女が羽ばたくたびに、グンッと胃がひっくり返るような感覚がして、指先から凍りつくような寒さに全身が染まっていく。一つの羽ばたきごとに、空気が薄くなって息が苦しくなる。死が、こんなにも近い場所にある。
このまま空高く飛び続けてもらえば、ううん、メクトゥシに掴まっているこの手を離すだけで、ユーリの所に行けるんだろうか。本当にそれだけで、たどり着けるかな。考えたことも、なかった。死がどんなものなのか、死んだらどこへ行ってしまうのかなんて。
《ここに、アンタの探してるものはないよ》
そっと落とされた言葉に、私はメクトゥシの首に顔を埋めた。
《……ユーリが、どこにもいなくて》
《死体がなかったからかい》
そうなのかな。そうなのかもしれない……分からなかった。
《なら死体があれば、それは息してた頃のそいつと同じものかい》
私は、小さく息を吸い込んだ。冷たすぎる空気が、肺に入りこんで痛いと思った。
まだ私は、生きている。
《違う、と思う》
《それが、死ぬってことだよ》
静かにメクトゥシが言った。私よりずっと長い時間を生きてきたメクトゥシは、数え切れないほどの死を見てきたはずで、触れた感情は複雑にからまりあっていた。
《もう二度と、会えない?》
《そうだ……命は巡ってるとか言ってね、また新しく生まれ直してくるんだって抜かす奴もいるよ。だけど覚えておきな。アンタの大切な人の命は、一回こっきりだ。もし生まれ変わってたんだとしたって、そりゃアンタの知らない誰かだよ》
この胸にあいた、ぽっかりとした穴は、そういうことなんだと思った。大事なものが欠け落ちて、もう二度と戻ってこないことを身体は知っている。
もう二度と、あの温もりも、あの声も、優しい時間も……何一つ、戻ってはこない。
《私、何も知らなかった……この髪が白いのって、呪われてる印なんだって。ユーリがキレイだって褒めてくれて喜んでるだけで、守られてるなんて知らなかった。私が呪われてるから『やつら』は来たのかな。私が呪われてるから、ユーリは死んじゃったのかな》
私がポツポツと落とす言葉を、メクトゥシは黙って聞いていた。昨日の夜も、グチャグチャになった心を全部こうして彼女に受け止めてもらったことを思い出す。しばらくして、メクトゥシは少し怒ったような感情を私にぶつけて来た。
《毛が白くなる奴ってのは、私らの中にもいるの見たことがあるだろう。誰も呪いなんか持っちゃいないよ……目で見て分かる、魔力持ちの私が言ってるんだ。信じられないかい》
《……ううん、でもっ》
《アンタ、本気でユーリが呪いなんかのせいで死んだと思ってんのかい》
そうじゃ、なかった。間違いなく、ユーリは私のせいで死んだんだ。私が途中で立ち尽くしてなんかいたから。私が何度も無様に押しのけられてたから。私が速く走れなかったから。そうじゃなかったら、ユーリが死ぬことはきっとなかった。
《当ててやろうか。アンタの所為で死んだ、自分が殺したとか思ってるんだろう》
《っ、だってっ》
《馬鹿にするんじゃないよ》
叩きつけられた言葉に、私は息を呑んだ。
《ユーリは、アンタのために死んだんだ。自分の一番大事なものを、自分で選んで守りきったんだ。それを、その覚悟を、生かされたアンタが汚してどうするよ》
ドンッ、と。心臓を突かれたような感覚がした。
《アンタに、生きていて欲しいと思ったんだよ》
生きていて欲しいと、どれだけ願っただろう。それと同じくらい、ユーリが私に願ってくれた?あの時、ユーリが私に伝えようとした言葉を、今どうしようもなく知りたいと思った。
もう二度と、聞くことは出来ないのだと分かっていても。
『君と過ごす時間が一番大事でかけがえのないものだと思ってる』
ユーリが言ってくれた言葉を思い出す。私も同じだと、伝えたかった。私が大切だと思ってるように、ユーリが私を大切だと思ってくれていることが嬉しくて。
ああ、そうか。だから、私はここにいるんだ。
ユーリが願ってくれたから、選んでくれたから、いまこうして生きてるんだ。
《……まだ、死にたいかい》
ポツリと落とされた言葉に、私はハッキリと首を横に振った。
《ううん》
メクトゥシは私の返事を聞くと、ゆったりと高度を下げていった。ジワリと感覚を取り戻していく手足に、戻ってきた、と感じていた。
《……メクトゥシは『やつら』を知ってる?》
彼女は少し考えた後に、喉の奥で嫌そうに唸り声をあげた。
《昨日のアンタの話を聞く限り、祭りを襲ったのは多分『スプリガル』の連中だ》
《スプリガル……》
耳慣れない言葉に、それでも忘れまいと記憶に刻みこむように口にした。
《呪いを自分達で望んで魂に刻み込んだって言う、イカれた連中だよ……元々は排他的な一族だったんだが、最近はどうも帝国の尖兵ってのに鞍替えしたらしい。あいつらの乗ってる鳥はこの大陸で唯一人間を乗せて飛べる……ように無理やり作り変えられてる。元々は私らと同じ普通の鷲だったのに、誇りを汚されて、自分ってもんを奪われたんだ》
メクトゥシの言葉は静かだったけど、その底には冷たくて激しい怒りがあった。
《何でか分からないけど、スプリガルの連中は不死身だって言われてる。本当か嘘か分からないけど、少なくとも奴らに出会って生き残ったもんは数えるくらいしかいない。それで、あの剣だ。アンタの見たって言う、人を灰にしちまう剣だよ》
私は消えていったユーリの姿を思い出して、ぐっと唇を噛みしめた。それでも、あの光景を忘れることなんて、できそうになかった。




