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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第1章―嘆きの旅人―
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08 祭灯と静寂 ⑩

 ユーリの青く美しい瞳に、オレンジ色の灯りがとろりと溶けこんで夢みたいにキレイだ。私は思わず見とれてしまいながら、こんなに沢山の人がいるのに、世界に私達二人だけになってしまったみたいだと思った。


 ゆったりとした音楽にただ身体を揺らしているだけで、これが踊りと呼べるのかも分からなかったけど、ただ一つだけ分かったのはこの時間は私達が言葉以外の何かで想いを交わすために存在しているんだってこと。心臓の鼓動が、自分のものじゃないみたいに速くて熱くて、繋がった指先から全部がユーリに伝わってしまうんじゃないかって思うと、どうしてかそれが嬉しいような恥ずかしいような不思議な気持ちになる。


 ただ、見上げた瞳があまりにも高いところにあったから、今更みたいに自分がどうしようもなく子供なことを自覚して、ユーリもまだ昔みたいに私と一緒にいて楽しいと思ってくれてるのかなと。私の目に浮かんだ不安を、すぐにすくい取ってしまったユーリは、優しい声で私に聞いた。



「リア、初めてのお祭りは楽しんでる?」

「うん、とっても……夢みたいに全部がキラキラしてて。でも、ユーリは私と一緒で良かったの?」

「どうして」


 不思議そうに聞くユーリに、私は思い切って頭の中で最近ごちゃごちゃと考えていたことをぶつけてみた。言葉にしてみたら、考えていたことよりもずっとシンプルになったけど。


「だって、ユーリと一緒に遊びたいって子は、他にもいっぱいいるでしょ?」

「リア……」


 ユーリは言葉を迷うように瞳を揺らして、やがて何かを心に決めたみたいに私の目をまっすぐに覗きこんだ。


「僕は、誰が何と言おうと、君と過ごす時間が一番大事でかけがえのないものだと思ってる……それこそ『大人』に聞かれたら、所詮は子供の戯言(ざれごと)だとか言って笑われそうだけど、それでも」


 ユーリの真剣な瞳が、私を呑みこんでいく。ユーリが私に何を伝えようとしてくれているのか、私には分からなかった。それでも今、この言葉を想いを私の全部で受け止めなくちゃいけないってことだけは感じてた。


「リア、僕は君を」


 そして、その先を聞くことはできなかった。



『いやぁあああああっ!』



 世界を切り裂くみたいな叫び声が、全身をビリビリと駆け抜けて、背骨が緊張でふるえるような感じがした。



「『奴等』が来たっ!」


「逃げろ、女子供関係なく殺されるぞっ」



 ぶわり、と。膨れ上がる、悲鳴、怒号、恐怖。


 生まれて初めて触れる、激しい感情の波に押し流されてしまいそうになる私を、力強い手が引いた。


「リアっ!」


 ハッとした私は、ユーリの手に引きずられるようにして走り出した。とにかく、逃げなければならない。立ち止まってはいけない。何か『恐ろしい』ものが背後まで迫っている感覚を、痛いくらいに感じていた。


 得体の知れない、ただひたひたと追いかけてくる恐怖に、私は振り返って『それ』を見てしまった。



 空を切り裂くような黒く禍々しい翼。メクトゥシよりもずっと大きくて、それなのにどこか空っぽに見えるその鳥は、翼さえもが金属のようなもので覆われていて、鋭く尖った何もかもが誰かを傷付けるために存在していた。


 ただ、その背に乗った人間は得体の知れない鳥よりもずっと恐ろしく見えた。黒い革と鎖で全身を覆い、それと対比するかのように顕になった顔はぞっとするくらいに青白い。生きていることを疑いたくなるくらいに、どろりと濁った黒い瞳の奥で、冷たくて重い何かが燃えている。彼らが手にした剣は、闇夜を吸いこんだみたいに黒くて、どこか実体を持たないかのように刀身が揺らいでいた。



 そして、それは起こった。



「やだっ、やめろっくるな、うあぁああああっ」



 逃げ惑う人が、その剣に刺し貫かれた次の瞬間、灰のようにボロボロになって消えて行く姿を。その一部始終を、見てしまった。


「っ、うそ」

「どけっ!」


 息を呑んだ瞬間、後ろから来た誰かに押しのけられて、私はあっけなく吹き飛ばされて踏みつけられた。


「かはっ」


 こんなこと、森じゃ良くあるはずだ。立たないと。立って、走らないと。


 そう思うのに、足がふるえて動かない。こんな風に自分の身体が言うことを聞いてくれないなんてはじめてで、どうしたらいいか分からなくて、でも『やつら』がもうすぐそこまできている。


「リア、走って!」


 また私を探し出して引っ張りあげてくれた手が、私をみんなと同じ方向に導いていく。誰もが同じ場所に向かって走っていた。あのベールの向こう、あの線さえ越えれば、助かる。


 ようやく走り方を思い出した私は、ユーリに引きずられるようにして必死に走った。それでも、大人達にはどんどん追い抜かれて突き飛ばされて、引き離されていく。ユーリは自分だけで走った方が絶対に早いはずなのに、絶対に私を見捨てなかった。


 どうして、どうしてなんだろう。自分の命のほうが絶対に大事なはずなのに、どうしてこんなに必死に私を拾い上げてくれるんだろう。それが分からなくて、分からない私は人間として絶対的にどこかが欠けている気がした。



 あと少し。あと十歩。五歩。三歩。


 もう、触れる――


「っ、リアっ!」



 ドンッ



 一瞬、何が起こったのか分からなかった。ユーリに突き飛ばされて、自分が『線』の内側にいて……そしてユーリが外側にいるのだと言うことが、異常を察して赤く染まるベール越しに見えたユーリの姿でようやく気付いた。


「ゆー、り……?」


 伸ばされた指先が、ふるえた。


 その心臓は、あの黒い刃に刺し貫かれていて、それはさっきまで私がいた場所のはずで。


 たった、ベール一枚分の距離。その絶望的な距離で、触れ合えなかった指先が空を切る。



「     」



 あの、優しい笑顔で笑って、ユーリが何かをささやいた。



 きこえない。きこえないよ……



「ユーリっ」



 さらり、と。



 時の砂がこぼれるみたいに、ユーリの全てが灰になって、消えた。



 何かを振り払うように空を切る剣に、私は何もかもが信じられないまま、上を見上げた。


「っ、や……」


 ただ、底なしの闇が、私を見下ろしている。




「いやぁああああああっ」




 そこで世界の全てが、途切れた。




 *





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