08 祭灯と静寂 ⑨
「覚えてるかな、リア……いつかこの村を出て」
「二人でエルフの国を探しにいく?」
私の言葉に、ユーリがパッと顔を輝かせた。それは私が昔から知ってる、ユーリそのもので、きっとユーリが守りたかったのはこういう感情なんじゃないかなって思って。
「今日は、本当にすぐそこ、目の前にある街道のお祭りを見にいくだけ……でも、これが僕達が二人で『外』に出る初めての瞬間なんだ」
私はハッとして目の前のベールを見つめた。ここから一歩踏み出せば、魔法使いの……父さんの力の届かない外の世界。二人で何度も語り合った、広く果てない世界への入り口が、そこにあった。
「行こう、ユーリ。何回でも、ここから二人で」
「っ……うん!」
私達は、ギュッと手をつなぎ合ってその『線』を越えた。何も、特別なことは起こらなかった。それでも、確かな一歩だった。
全身が熱くなって、どこまでも、どこだって行けるような気がして。
私達は顔を見合わせると、小さい頃に戻ったみたいに笑い合って駆け出した。
目の前に広がる色とりどりのテントの隙間を縫って駆けていくと、耳慣れない抑揚で言葉を話す人達が手に手にキラキラしたものを持って、道行く人達に声をかけているのが見えた。
「わぁっ……!」
祭りが一番にぎわうのだと言う街道に出ると、そこには見たこともないくらいに沢山の人が行き交っていた。村では見ないような鮮やかな色の服を着て、腕を組んで歩く大人達。中には村で見たことがあるような顔も混じっていたけど、それよりも知らない人の顔の方がいっぱいで。
「今日は一年に一回だけ、色んな旅商人が一度に集まってくる日なんだ。最初の頃はもっと小規模だったらしいんだけど、噂を聞きつけてどんどん商人もお客も増えていって……こんな風にお祭り騒ぎになったんだ。これのために、遠くの村から来る人もいるんだって」
ユーリカの声を聞きながら、何もかもが初めて見るものばかりの私はキョロキョロと目移りしてしまう。そんな私を見て、おかしそうに笑うユーリカはあちこち連れ回してくれた。
キレイに着飾った女の人達を呼び止めて、もっと沢山のレースとかビーズのついた、いつ着るんだろうってくらい生地の薄くて高そうな服を見せている人がいる。それよりも沢山人だかりができてるのは、やっぱりキラキラしてるものを見せている場所で、金色だったり銀色だったりする腕輪とか指輪を見せて、そこにはめこまれた色とりどりの宝石に溜め息を漏らす声が聞こえる。
私達よりも小さいくらいの子供達が、くるくると回るおもちゃのようなものを持って、きゃらきゃらと笑いながら駆けていって、その先では木剣を持って昔語りをしている人がいた。小さい時にユーリが何回も聞かせてくれた、英雄エルダーの物語だ。
大きい男の人達は、やっぱりお酒が目当てみたいで、まだ日が高いけど「今日は特別!」って感じですっかり出来上がってる人もいる。何度もはちみつ色のお酒がなみなみ入ったコップをぶつけ合わせて、肩を組んで歌い始めたりする人までいる。向こうの方では、いつの間にか腕相撲が始まって、みんなではやし立てて大騒ぎになっていた。
「あ、音楽を鳴らし始めたね。行こう、あっちで踊るんだ」
耳をすませば、向こうの方から柔らかい笛の音が聴こえてくる。人の流れが少しずつ向かい始めたその先で、聞いたことのない不思議な弦の音色が重なり出した。ライがたまに聞かせてくれる竪琴の甘くて切ない音とは全然違って、どこか全身を揺らして踊りたくなるような、シンプルだからこそダイレクトに私達を突き動かしにくる音だ。
いつの間にか輪が出来て、明るい手拍子が始まる。私達も合わせて手を叩いていると、キレイなお姉さんの手を取った男の人が、緊張した感じの表情で輪の中に飛び込んでくる。一組、また一組と踊り出て、そのたびに輪が大きくなって。ヒラヒラとひるがえるスカートが、色とりどりの蝶みたいにキレイで、緊張していた男の人達の表情も女の人の笑顔にどんどん明るくなっていく。
踏み鳴らされるステップが、みんなの手拍子が入り混じって重なり合って、みんなが身体を揺らして輪の熱がどんどん上がってくる。
「リア、僕達も行こうっ」
「え、ユーリっ?私、踊りなんて見るのもはじめてなのに」
キラキラした瞳で私の手を引くユーリに、何だかあのキレイな蝶達が飛び回る輪の中に飛びこんでいくのは、どことなく場違いな感じがして足踏みしてしまう。
「大丈夫。僕だって踊ったことなんてないけど、向き合って飛んで跳ねてクルクル回るだけだよ。何より、僕がリアと踊りたいんだ」
その一言に、一瞬で覚悟が決まった。ユーリの手を握って輪に向かって駆け出していく。固く結ばれた指先が、こんなにも熱い。
輪の中に飛び込んだはいいけど、どうすれば良いのか分からなくて思わず立ち尽くしてしまった私に、ユーリがおかしそうに笑って私の手を取り直した。子供が出て来るのが珍しいのか……それとも私の見た目が珍しいのか、突き刺さる視線を感じて足がすくみそうになる。
「怖いなら、僕だけ見てて」
耳元に落とされた言葉に顔をあげると、ユーリがきらめく瞳に熱を浮かべて笑っていた。次の瞬間、踏み出された足に自然と自分の身体がついて行ったのに、驚いて息を呑んだ。ユーリの小さな身体の動きで、次にどうすればいいのかが分かる。くるりとユーリに一回転させられて、世界が本当にくるりと裏返しになってしまったみたいで鮮やかに見えた。
「ね、大丈夫だったでしょ?」
イタズラっぽく笑うユーリに、私は足がふっと軽くなるのを感じた。みんなの手拍子と自分の身体のリズムが重なって、熱に浮かされていく。フワフワと飛んでるみたいなステップに、ユーリと私の呼吸がぴったり合って、また世界がクルクルと回り出す。
少しずつ陽の傾き始めた世界で、テントの軒先に吊るされたランプにオレンジ色の灯りがともされる。ポツポツと点き始めた灯りがゆらゆらと揺れて、にぎやかな祭りが少しずつ表情を変えていく。気付けば音楽も明るくてテンポの早いものから、しっとりとした静かで甘い音色に変わっていた。




