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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第1章―嘆きの旅人―
40/277

08 祭灯と静寂 ①

 *


08 祭灯と静寂


 死を知らなかった。だから、生きている事の尊さが分からなかった。

 憎悪を知らなかった。だから、愛されていた事さえ気付けなかった。

 そんな、幸福で愚かなこどもだった。


 *


 四年後


 *



 薄いサンダルの下で、土のふかふかした感じがする。指先をすり抜けていく、緑のしっとりした空気に、目が耳が『開かれる』のを感じる。眠りから覚めたばかりの身体をグイっとのばして、姿勢を低くして駆け出した。


 ツン、と冷たくて肺に吸い込めば、全身がしびれるみたいな朝の空気。冬が、もうすぐそこまで来ている。


 私の生まれた場所。自由に息ができる場所。私のぜんぶがこの空気に喜んでる。今日芽生えたばかりの葉っぱの、新しくて甘い香りを胸いっぱいに吸い込んで、私は吠えた。


「オオォォォォンッ」


 私の仲間を呼ぶ声に、すぐに幾つかの声が森の奥から返って来る。


 群れの『父さん』から、一番最初に教えられたのがこの遠吠えだった。この声があれば、どんな場所にいても群れの仲間が私を見つけてくれる。


 ザッ


 しばらくすると風を切る音が聞こえてきて、茂みを突っ切って一匹のオオカミが飛び出してくる。オオカミって言っても、普通のよりずっと大きくて強くて、寿命もかなり長い銀色の毛並みのダイアウルフなんだけど。いつも通り、こっち目がけて飛び込んできた姿に、こちらも負けじと飛びかかる。


「アッフ、アッフッ!」


 朝から元気すぎる『弟』にドシンっとぶつかり合って、地面をゴロゴロと転げ回ってあっという間に土まみれ。でもそれが気持ちいい。


《おはよ、トゥイ》

《おはよう、姉さん》


 私よりずっと後に生まれたくせに、とっくの昔に私よりずっと大きくなっちゃった弟オオカミのトゥイと、顔をぐりぐりこすりつけ合って挨拶する。毎朝これをやらないと、なんだか起きた気がしない。

 額をコツリと合わせれば、お互いの考えてることはちゃんと分かる。そうじゃなくたって、私達は少しの音と目線で会話ができることを知ってる。


《今日はトゥイが迎えにきてくれたの?》

《いや、俺には姉さんは重すぎるよ》


 私はあおむけにゴロンってなったトゥイの上に堂々と前足……あ、両手をのせて、えっへんといばってみせた。


《トゥイも早く、私みたいにおっきくならないと》

《いや、さすがに姉さんよりはデカくなったけどさ……あれには負けるよね》


 くぅん、と鼻にかかった声で視線を森の奥に向けたトゥイに、私も自分の耳がピンっと立つのを感じた。群れの仲間達と同じ音を聞き分けられる自慢の耳だけど、これも『外』じゃ見せられない。

 くんくん、と風に乗ってきた匂いを嗅ぎつけて、パッと気分が明るくなる。


「クゥゥウウン」


 森の奥から静かに姿を現したトゥイよりもずっと大きなオオカミの姿に、私は駆け寄ってすりすりと全身で『うれしい』を表現した。


《リア》

《ロロ、おかえり!》


 たった二日、三日だけど、冬に備えてこのあたりの狩り場の確認に出かけていた『兄さん』に会えなくて寂しかった。ロロは私がほんの小さい時から、ずっと面倒を見てくれていた兄さんだ。最近はもっと小さい子の面倒を見るので忙しいから、あんまり構ってくれないけど。


《少し急ぐぞ……鹿の群れが近くにいる。今日は朝から忙しくなる》

《うん》


 身をかがめてくれた兄さんに、ぴょんと飛び乗ってしがみつく。冬に向けてふわふわになり始めてる背中はすっごく気持ちよくて、いつも寝ちゃいそうになる。これから始まる狩りの事を考えたら、寝てなんていられないけど。


《トゥイも、遊んでないで早く来い》


「くぅん」


 ゴシゴシとロロの腹に顔をこすりつけてから、トゥイが飛び上がって先に立って走り始めた。


《掴まったな?》


「アッフ!」


 私の返事に、ロロは頷いて走り始めた。毛皮の下で分厚い筋肉がうねり、世界が姿を変える。信じられないくらいのスピードで、私の横を風と森が駆け抜けていって、私は気持ち良さに叫びたくなるのを頑張ってガマンしなくちゃいけなかった。

 鹿が近くにいるってことは、吠えれば気付かれて逃げられてしまう。兄さん達の狩りのジャマをするわけにはいかない。


 あっと言う間にトゥイを追いこしたロロは、後ろから必死に追いかけてくるトゥイの足音を聞きながら、つかず離れずで群れの元へと引っ張っていく。だんだん慣れた獣の匂いが濃くなってきた。私達の群れの匂いだ。

 音もなく群れに合流した私達は、いつもならじゃれ合う所を緊張感のある視線で合図しあった。今日は大きな狩りの日だ。みんな目が鋭く輝いていて、ピンと立った耳にハンター達の神経がとぎすまされているのが分かる。


 少しだけ脚を緩めて、飛び移れと言わんばかりに自分より更におっきなオオカミに身を寄せたロロが首で示して私を促す。えいっと飛び移った先は、やっぱり一番に安心感のある『父さん』の背中。群れのリーダーにして、私達の父である白銀の大狼。


《オロケウ》

《リア、今日はいつもより遠出になる。帰りはメクトゥシに送ってもらうといい……アレもお前に伝えたいことがあるらしい》

《母さんが?分かった》


 みんなの母さん、メクトゥシはワシの王様(女王様かな?)で自分の子供だけじゃなくて、私をはじめとした色んな動物の子供を拾っては育てている。他のワシとは比べものにならないくらい大きくて、私を背中に乗せられる鳥は母さんだけだ。それも、最近はあんまり乗せてくれなかったりするんだけど。



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