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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第1章―嘆きの旅人―
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07 約束が果たされる時 ⑤

 自分の左胸にほの青い光を放つルーンが刻まれているのを驚愕の表情で見つめながら、恐る恐るもう一度こちらに顔を向けて尋ねるライに、私は首を横に振った。


『まさか、まだたかだか二つ三つの幼子だろう』

『そう、だよね……良かったよ、君にその程度の一般常識はあったみたいで』


 私はその言葉にどのような反応を取るべきなのか理解しかねたが、何か言い返すよりも先にライが真剣な表情で言葉を落とす。


『そうなると、ますますどうしてこんなものが現れたのか……』

『……願ったのだろう』


 ふと、そんな言葉が零れ落ちていた。意味が分からないと言う表情で目を瞬かせるライに、私は揺り籠の中で眠るリアに歩み寄ると、その頭を撫でながら続きを紡いだ。


『いつも呑気に笑ってリアを構い倒すお前が、あのように苦しんでいる姿を見るのは、この子にとって初めての事だ』

『そう、だね。いつもリアにはみっともない姿なんて見せたくないと思って、そこだけは気を張ってた。その分、君には迷惑を掛けるんだけどさ』


 自嘲気味に呟かれた言葉に、返事は要らないと知っていた。だから私も、私の伝えたい言葉だけを繋げた。


『リアはきっと、お前に苦しんで欲しくないと、いつものように笑って欲しいと願っただけだ……光の精霊に愛された子供である故、その力か、彼女自身の持つ力かどうかは分からないが。ただ、少なくともお前に刻まれたルーンからは、リアの魔力を感じる』


 それは、多分に私の個人的な『願い』の籠められた言葉だったかもしれない。それでもライは、目を閉じて私の言葉を受け止めると、どこか泣きそうな表情で笑った。


『それくらい、僕にでも分かる……こんなに優しくて純粋な魔力、僕にはもったいないよ』

『……経過を見なければ確かな事は言えないが、これで病の進行が遅れる可能性は高い。現状として、症状がかなり軽減されているのを見ればな。少なくとも、これは祝福に等しいものだ。お前は祝福を受けるに相応しいと言う事なんだろう』

『こんなに、汚れ切っているのに』


 ポツリ、と呟かれた言葉は、そのまま私にも当て嵌まるものだった。だから私は、今度こそ自分の言葉で告げる事が出来た。


『どうやら、どれだけの罪を背負っても、幸福を得る事は罪ではないらしい』


 ハッと顔を挙げたライは、私の皮肉気な表情が目に入ったのか、どことなく納得したような顔をして……それから、すぐに恥じるように顔を伏せた。相変わらず、優しい男だと半ば呆れていると、ライがボソリと呟いた。


『君には幸せでいて欲しいと、思ってるよ』


 珍しく率直な言葉で告げられたそれに、私は目を見開いて、それから苦笑せずにはいられなかった。


『お前にそれを願うものも居ると言う事だ』


 私の返しは想定していなかったのか、ライは息を呑んで、それから今度こそ本当に吹っ切れたような笑みを浮かべた。


『生きる理由が、増えちゃったなぁ』




 そうして、ふと病の進行を食い止めるには『光』の力が有効なのではないかと思い至り、研究室中を引っ繰り返して薬の改良が進められる事になった訳なのであり。ただ、と思いながら足元を見下ろせば、未だに薬草を両手に持って首を傾げているリアが目に入る。


 目が覚めた彼女は、昨日の事をまるで覚えていなかった。いや、覚えていても意思疎通を図るための術が互いに存在していないだけなのかも知れない、と言う可能性が存在するのが歯痒い所ではあるのだが。


 あれは本当に光の精霊の力なのだろうかと、不意にそんな考えが浮かび上がる。精霊がルーンのように目に見える祝福を与えるなど聞いたこともないし、更に言えば精霊はルーンよりもずっと以前から存在する原初の存在だとされている故に、文字や言葉を用いる事も考えにくい。では、何故ルーンが、と考えた所で理由など分からないが、彼女の願いが具現化したものと言う仮説とも呼べない仮説が案外と正しかったりするのかも知れない。



 ルーンは多くの意味を持つが故に、ただ一つだけ魔法を行使しようとする際には使い勝手が悪く、基本的にはより具体的な指向性を持つ『言葉』を魔法使いは好んで用いる。しかしながら、言葉よりも先に生まれたとされるルーンの方が強い力を持つのも事実。ライの胸に現れたルーン・ダエグは始まりと終わり、光の力……そして強い希望の光を示す。あの男のために存在するかのような文字だと笑ってしまいそうになりながら、リアに秘められた未知なる力について考える。


 思えば彼女には色々と首を捻らされる事が多い。精霊の拾い子とは言え、息をするように自在に操られる魔力。拾い子は森の生き物から危害を加えられる事はない、と言う話は有名なものだが、それどころかリアは森の王者達から敬意を払われているようにすら感じる。一目見て色素欠乏症だと私が判断した肌も、どれだけ外を走り回り太陽の光を浴びようとも、焼けたり傷んだりするどころかますます白く輝いていくようである。



「エル、おなじ?」


 薬草をあれこれと見比べていたリアが、ふと顔を挙げて手に持った二つの薬草を差し出した。ああ、と私は思考を中断して、殆ど反射のように質問へと答えていた。


「ニリンソウとヨモギだな。似ているが、違うものだ……良く見れば葉の付き方が異なるが」


 もう一度二つを見比べて首を傾げているリアに、私も最初は同じような間違いをやらかしたと思いながら、跪いて違いを教えてやる。


「匂いを嗅いでみるといい」


 リアは一つずつ鼻を近付けてみると、片方の草からビクリと顔を離して叫んだ。


「くさい!」

「……まあ、感じ方は人それぞれだろうが。匂いが強い方がヨモギだ。ああ、それと、もう一つ間違えやすい危険な薬草、いや毒草がある」


 リアを引き連れて棚の前に行けば、二つの葉と良く似た葉が置いてある。早速匂いを嗅いで確かめたリアは、目を輝かせてニリンソウとその毒草を指差した。


「おなじ!」

「残念ながら、違う」



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