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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第1章―嘆きの旅人―
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07 約束が果たされる時 ②

 今、私の靴音だけが響く塔はいつでも静寂に満ちていて、私自身がどうしようもなく無口な人間である事を知らしめてくる。それを当たり前のようにリアは受けいれていて、今も黙って私の腕に身を委ねている。彼女は言葉の不必要な世界で生きている……いや、言葉の交わし方を知らない男と共に生きているから、今まで彼女も話す術を解さなかったのだ。


 私は本当に、この子の『父親』をやれているのだろうか。


 リアを自由に森へ遊びに行かせている、と言った時のユーリカの愕然とした表情を、不意に思い出した。その時は何をそんなに驚くことがあるのかと思ったが、普通の子供であれば森において身を守る術などあるはずもない。私はリアが『精霊の拾い子』である以上、森の生き物達がリアに危害を加えることなど万が一にも有り得ず、むしろ拾い子を守護しようとする事を知っているが故に『森の中は安全』だと判断してきた。

 しかし、良く考えれば本当に安全であるはずなどない。例え故意に傷付けようとは思わずとも、猛禽の持つ鋭い爪やくちばしがかするだけでも、生命に関わる致命傷になる。昨日のように飛んでいる時も、私の預かり知らぬ所であの鳥の背から転がり落ちたが最後、確実に命はないものと思っていいだろう。そう言う生き物なのだ、幼子と言うものは。


 私はこの時ようやく、この腕の中の小さな生き物が、どれだけ柔らかくて弱いのかという事実を知った。まだ何も知らぬ、無垢で真っ白な存在なのだと言う事を、思い出した。


(私の他に、教えられる人間がいないとは、こういう事か)


 本当に今更のように、ひと一人の人生を背負うと言う事が、どれだけ重い事であるのかを唐突に理解した。村のエマが言っていた、幼子の面倒をみる際に付随してくる重労働、とやらは私にとっては些細な事だと一蹴していた。しかし、問題はその先にあったのだ。

 つい数日前、育てる、という事について考えようとしていたはずだった。教えなければならないこと、知識や経験、と言ったものに対して私の抱いているイメージはあまりにも狭く小さいものであった。生きていくために必要な術を教えるなど、当分先の事だと考えていたが、このままではそれを解するための言葉すら知らぬと言う事態に陥る所だった。


 未熟者、とかつてフィニアスに幾度となく言われた言葉が脳裏に蘇る。お前は魔法使いとしては優秀だが、人間としてはまるで駄目だと。私以上に人間として欠けている存在でどうすると、そう説かれた時には何の問題があるのかとすら考えていたが、まさか今になってこうした形で手痛いしっぺ返しを喰らう事になろうとは。


「エル……?」


 ふと袖を引かれて、腕の中のリアに視線を落とせば、森の深緑を溶かし込んだ瞳が私だけを映しているのが見えた。彼女には、私の不安や焦燥が伝播するのだと言う事を思い出した私は、努めて表情を和らげて「大丈夫だ」と呟いた。それも本当に『大丈夫』でなければ気休めにしかならないのだと、分かってはいたが。

 まあ、いま私が一念発起した所で、いきなりこの子に言葉を詰め込もうとしても無駄であろう事くらいは私にでも分かる。


「……これから、と言う事なのだろうな。私も、お前も」


 そう呟いて髪を撫でると、良く分からない、と言う表情が返ってくる。今はこうして、何となく考えている事が分かる、というだけでも進歩ということにしておこうと思い直す。


「一緒だ、という事だ。私とお前が」

「いっしょ!」

「……そこで喜ぶのか」


 嬉しそうに笑ったリアに、思わず私も少し笑ってしまった。


 ゆっくり、二人で考えていけば良い。どのみち正解など私が知るはずもないのだから、まずはこの子と向き合い言葉を交わす事から始めるしかないだろう。これまで足りなかった分まで。


(これは、私の方が学ばされる事も多いやもしれん)


 何しろ人間として未熟者、らしいのだから。これから共に学ぶつもりでいる他に道はない。世の一般的な『親子』の形としては完全に間違ってはいるのだろうが、間違いだらけの私達が今更そのような事を気にしても仕方がない、と腹を括る。


(ゆっくり、お前と歩んで行く。それでいい)


 そんな思いを胸に、新しくリアと始めるつもりで部屋の戸を開け放つ。


「……ああ」


 完全にこれを忘れていた、と。私は重く溜め息を吐いて、部屋の惨状を見渡した。


 机と作業台どころか、床に椅子まで、ありとあらゆる物で占拠されていた。別にここで乱痴気騒ぎをしでかした訳ではないが、研究と実験に情熱を傾けすぎた、という点ではそうと言えるのかもしれない。とにかく、昨日の私の興奮振りは自分で思い返して、赤面どころか青褪める程度には性質の悪いものだった。これではフィニアスの事を悪く言えん。


 本はあちこちに散乱し、戸棚に秩序を保って配置しておいたはずの薬草や材料は、見る陰もなく散らばり選別から始めねばならないような様相を呈している。椅子の上には、ライナスがいつの間にか作って、言われるがままに食したのか何らかの野菜の端切れがこびりついたスープの残骸、のような木皿が放置されていた。


 問題点は、それらの全てを自分で散乱させたという記憶がない事である……まあ、新しく調整し直した薬の調合手順も材料の分量などは、無事に頭には入っているから良い、という事にしておく。




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