07 約束が果たされる時 ①
*
07 約束が果たされる時
大切な人がいる。
何一つ想い出に出来ない程、鮮烈なままに想っていて。
その事をきっと、かつての自分自身すら知らなかった。
今ならば、言えるのだろうか。
愛していた、と。
*
「またすぐ来るからね、リア」
「いや、お前は暫く来なくていい……と言っても再来月には来るのだろうが」
リアを抱き締めて離そうとしないライを、何とか引き剥がしながらそう言うと、こいつは不意に真顔になって言い放った。
「二ヶ月も間を空けるんだよ?その間のリアの成長をこの目で見られないなんて!」
「いつも毎月来ているだろう。二ヶ月くらいは我慢しろ、そして仕事をしろ」
何やら来た時よりもリアへの執着が強くなっているのは、恐らく気の所為ではないだろう。面倒な男だ、と思いながらも今回あった事を思い返し、この男の半生を思い返せば無理のない事かもしれんと少しばかり大目に見てやる事にする。
何より、ここから王都までなどさして近い訳でもないというのに、毎月足繁くこの塔へと通うその精神力には頭が下がる。冬の間は無論、ここまで旅などして来れないが(故に今回は泊りがけで長々と居座ったのだろうが)それを除けば、私がこの塔に住み始めた時からずっと通い詰めている。
腕のメンテナンスはそこまで頻繁でなくとも構わない、とは伝えてあるが、それにはニコニコと笑うばかりで返事はなかった所を見ると、好きで来ているか私を気遣っているのだろう。そう考えれば、何やらむず痒い気分がするものの、有り難い事だとは思っている。
ともあれ、それとこれとは話が別だ。このまま放って置くと、何時間でも玄関に居座って出て行きそうもなかったので、何とかして家から叩き出す。
「痛い、ちょっ、痛いよネイトっ。うん、分かった分かったから、もう出発するから!」
「またね、ライ」
不意に響いた声に、ピタリとライは大人しくなった。足元を見下ろせば、私の後ろから顔を出したリアが、ニコニコと手を振っていた。いつもよりずっとハッキリした声と口調で、きちんとライだと認識している姿に、おや、と思う。
それは彼も同じだったようで、驚きに固まっていたのが落ち着くと、蕩けるような満面の笑みを浮かべて頷いた。
「またね、リア」
跪いてリアの額にさよならのキスを落とすと、さっきまでの情けない姿が別人のように颯爽と去って行く……これからはいつもリアにこの挨拶をしてもらうべきかと真剣に検討すべきかもしれない。そもそも、今更リア相手に格好をつけた所で、いつもベタベタデレデレとリア『に』甘えている姿を見られている(リアが甘えている訳ではない)のだから、遅きに失するとは思うのだが。
丘の向こうにあの男の姿が消えて行くのを見送り戸を閉めると、塔の中に静寂が生まれた。ようやく帰ったかと、小さく息を吐き出しながら、いつものようにそれだけだと思っていた。静かだと、そんな事を感じたことなど今まで一度としてなかったと言うのに、どこかこの空間ががらりとした冷たく寒々しいものに感じられた。
(これが、寂しさ、というものなのだろうか)
フィニアスは、私が『寂しがりや』なのだと言っていた。今まで考えた事もなかったが、それは私が友に恵まれていた故に、考える必要がなかっただけであったのかもしれない。かつて王都に居た時は、気付けばライかシアが部屋に来ていて、話し声が絶える事はなかった。時間があれば何故か私の部屋に集って、取り留めもない話を夜までして帰って行く二人は、今になって思えば私の『寂しい』と言う感情を私よりも理解していたのかもしれない。
「エル……?」
ふと手に感じた温もりに、過去から現在へと引き戻される。こうして己の抱いていた感情を見つめ直すようになったのも、そこに感情があったのだと知る事が出来たのも、そして寂しさは『寒い』ものなのだと知ったのも、この温もりと出会ったからなのだろう。
「大丈夫だ」
己に言い聞かせるようにして呟き手を握り返せば、私の冷たい指先がリアの熱い手の平の感覚に染まって行く。
「済まない、冷たかったか」
「だいじょうぶ!」
胸を張るリアに、そうか、と頭を撫でる。そろそろ冷えて来る時間だろう……いつまでもこんな所に立っていないで部屋に戻らなければと、リアを抱き上げて階段を一段ずつ上っていく。この生活にも慣れたものだ、と歩きながら考えた。
「昨日はあまり構ってやれずに済まなかった……ユーリカには遊んでもらえたか」
「うん!おしゃべり、いっぱい。あと、おひるね!」
「そうか」
良かったな、と背中を撫でながら、ここ数日で急に言葉を多く繋げて話すようになったなと思う。やはり、いつになく多くの人間(とは言え、私を含めてたったの五人だが)と言葉を交わした事が大きいのだろうかと思い至る。考えてみれば、家の中に閉じこもっている冬の間には、特筆すべき言語能力の向上は見られなかった。
単語とは言えまともな言葉を話すようになったのも、確かユーリカと遊ぶようになってからだったか。これはもう少し他人と触れ合わせるべきなのだろうかと考えるも、私自身が社交的な人間ではない以上、自然とリアの行動範囲と交友関係というものも限定されてしまうのであり。
(……ユーリカが来てくれなければ、この子はずっと一人のままだったのか)
その事にようやく気付いた私は、その事実と鈍すぎる自身の頭に愕然とする。それは動物とばかり遊ぶようになる訳である。彼女の周囲には、心を通わせるどころか出会うべき人間が存在しないのだ。リアの世界は、私と彼女と……強いて言うなれば兎のラスだけであり、一歩外に出れば見渡す限りの緑が広がるばかりで、生命ある存在は数多の動物達のみ。この塔を訪れるのはライとユーリカだけ、そして私が訪ねるのはユーリカの母であるエマくらいのもの。




