06 大空をこいねがう ⑦
戦争は終わってもボロボロになってしまった世界を嘆き、争いに疲れ果ててしまったエルダーは、この世界を再び美しい場所へと戻すために奔走する。他の種族や遠くの国と同盟を結んで平和な世界を築くため、エルダーは手にした栄光や地位を捨てて旅に出る。
長い道のりを愛馬と共にどこまでも駆け、水と緑の豊かな地で白銀の都に住む尖り耳の種族・エルフと語らい、魔法の火が燃え盛る黄金と宝石の都で歌いながら鉄を打つ種族・ドワーフと友誼を結び、巨大な船という乗り物に乗って海という果ての見えない湖を渡り、辿り着いた遠い安息の地で自分とはまるで違う言葉を話す人々に混じり、やがて生涯を添い遂げる女性と運命の出会いを果たす。
そんな彼の冒険に満ちたワクワクする物語の始まりは、彼が故郷と家族の全てを失うという救いようのない悲しみと怒りから始まる。その経験は彼の人生のどこまでも付きまとってきて、物語の中に時折こぼれるエルダーの悲しみが、彼が生きてそこにいるみたいな錯覚を与えてくる。
それでも、と僕は思う。彼は自分の夢を、最後まで貫き果たしたんだ。幼い頃に夢見た、剣士になって世界中を旅するという夢を、何もかも失って悲しみにくれても、戦いに明け暮れて疲れ果ててしまっても、忘れずに持ち続けた。どこまでも自分の足で歩いて、誰にも口出しを許すことなく。
物語にのめり込んでいく僕がとうとうと語り続けていると、やがてスゥスゥという安らかな寝息が聞こえてきた。やっぱり寝ちゃったか、と思いながらリアはもしかしたらこの物語を一度も最後まで聞いたことがないんじゃないかとすら思う。リアが好きなこの物語の第一幕とも言えるドラゴンの物語は、始まりこそドラゴンの雄大さや不思議な力が沢山描かれてワクワクするし、エルダーとの一騎打ちの場面なんかはカッコよくて胸が熱くなる。
だけどその後は確かに手に汗を握る展開が多いけど、戦争が終わるまではひたすらに激しい戦いでボロボロになっていくエルダーと、人類の勝利を勝ち取っても失ったものの多さに絶望する姿で胸が締め付けられるように痛くなる。
リアが眠ってしまっても第一幕を最後まで語り続けた僕は、エルダーが平和を求めて旅に出る瞬間を紡ぎ終えて、長く細い息を吐き出した。そうして僕は、いつものように考える。これは、悲劇だろうか、と。
彼は最後に運命の出会いを果たして、再び満たされた。どんな地位も名誉も財宝も誰もが体験したことのないような冒険だって、本当の意味で人を満足させることはない、愛する人こそが何よりも尊い宝なんだ、っていうのがこの物語の教訓みたいなものだ。だけど、それはそんなに綺麗な話なんかじゃない。
失ったものは、二度とこの手に戻ることはない。新しい大切なものを手に入れることは出来ても、新しい幸せを築いて満たされることが出来たとしても、喪失感と悲しみはふとした瞬間に押し寄せてくる。
(……そう。綺麗な話なんかじゃ、ないんだ)
目を閉じて思い出す。いまこの手にある力強い太陽のような熱とはまるで違う、弱々しく必死に生命を繋いで呼吸していた小さく冷たい手の平のことを。
僕には妹がいた。名前はエイダ……僕にとっては初めて出来た、何よりも尊く大切な存在だった。エイダは生まれる時から難産で、お産を手伝った僕は初めて母さんが死んでしまうかもしれないと恐怖したことを覚えている。なんとか無事に生まれてきてくれたエイダは、次の冬を越せるか分からないと言われるほど弱く小さな赤ん坊で、それでも母さんは育てると言い張って聞かず宣言通りにいくつも冬を越えさせてみせた。
それでもエイダは病弱で、病気がちで繊細な女の子の相手なんて到底できない兄さん達に代わって、いつも僕がそばについて面倒をみていた。けほけほと苦しそうに咳をしながら、何度もごめんね、ごめんねと僕に繰り返すエイダに、何度でも君が生きていてくれるだけで十分なんだと伝えたし、実際心の底からそう思っていた。
本当に、生きているだけで奇跡のような存在だった。ちょっとしたことで命に関わるような熱を出して、それでも何度でもこちらの世界に踏みとどまろうと、必死に生きていた。彼女のためなら何だってしてあげたいと思ったし、それでも実際には外の世界の話をしてあげることくらいしか出来なくて、外に連れ出してあげることの出来ない自分が悲しかった。
いつかはエイダを元気にしてくれるお医者様を見つけて、そうしたら二人で広い外の世界を見に行こうと、彼女を元気づけるために始めた夢みたいな話は、いつしか僕の中で大きくなっていって、何度もこの村の外の世界を二人で冒険する話を語り合った。大きくなったらこの村を出て行くのだと、本気でそう信じていた。
それが、ある晴れた日の朝に彼女は呆気なく死んだ。村に突如としてやってきた流行り病は、今までかろうじて踏みとどまって来た彼女の命を、容赦なく押し流していった。こんな小さな村に医者なんていなかったし、流行り病っていうのは通り過ぎていくのを待つだけで、高価で効くかどうかも分からない薬を常備しておける家なんてあるはずもなくて。




