06 大空をこいねがう ④
ハッとしたような感じで言葉を止め、僕の方に視線を向けた魔法使いに、僕は苦笑いを浮かべて塔の方を指差した。
「寒いですし、二人とも中に入った方がいいかと思いますよ」
「……済まない」
苦い表情を浮かべた魔法使いが、塔に戻ろうと踵を返したその瞬間だった。
「きゃーっ」
リアだ。高く遠く響いた声に、僕達は息を呑んで森を見つめた。
ビリビリと空気が焦げ付くような殺気をほとばしらせ、森へと駆け出そうとしたライナスの腕を魔法使いがグイと引いて引き止める。
「上だ」
その指先を辿って上を見上げれば、空高く巨大な何かが舞っているのが見えた……あれって、鳥?いや、空を飛んでるんだから鳥なんだろうけど、僕の知っている鳥のサイズとはあまりにもかけ離れてる感じだ。物語の中のドラゴンも大きいって聞いたけど、さすがにそれよりは小さいんだとは思う。ただ、ここから見てるだけでも、村のそばの森で見かけるシカより大きい鳥って何だろう。森の主とかかな。
「きゃははっ」
また、声が聞こえた。今度は明らかに笑っている、というか本当に上から聞こえる……まさか、あの鳥に乗っているのかと目をこらせば、確かに何か小さい生き物があの巨大な鳥の背に乗っている、ように見えなくもない。
(……遠すぎる)
手を伸ばしても届くはずがない。それどころか、彼女がいま空を飛んでいるのだとして、何かあって落ちてしまったとしても僕では助ける事ができない。
そもそも、今の僕は彼女の事を考えるよりも先に、人が空を飛べるのかもしれないと言う可能性の方に心が揺れ動かされてしまっていた。そういう自分が、時々たまらなくイヤになる。でも、この胸の高鳴りが止まらない。
空を舞う自由の翼が、陽の光を浴びて美しく輝く。さっきよりも少しだけ高度を下げた鳥の背に、彼女が乗っているのがハッキリと見えた。
僕達は、言葉もなく空を見上げていた。ちらりと横を見れば、黒衣の魔法使いはひどく眩しそうな表情をしていた。この人は、こういう人間らしい顔もするのだと、そう思いながらもう一度空を見上げた。何度でも、この光景を目に焼き付けるために。
やがて舞い降りてきた大空の王者は、綺麗に反らせた飴色に透ける翼をかすかに傾けて滑空し、僕達の目の前にふわりと着地した。地をえぐる鉤爪は強く鋭く、こちらを見据える猛禽の瞳には人とは馴れ合わないと言う強い意志を感じた。
深いブラウンから白へと美しいグラデーションを描く身体は、確かに巨大だったけれど思っていたほどじゃなくて、僕よりずっと小さくて軽い子供を乗せて飛ぶくらいが限界のように見えた。硬く閉じられたクチバシは、クルリと尖って口元が淡い黄色に染められている。全体的な特徴はイヌワシにそっくりだったけど、少なくとも僕はこんなに巨大なイヌワシを知らない。もしかしたら、本当に森の主か何かなのかもしれない。それは本当に、何か自然への敬意を抱かせるような『強さ』そのものを背負っているような気がした。
そんな鳥の背中から慣れた感じで滑り降りた(もしかしなくても乗り慣れてるんだろう)リアは、もちろんその森の主と思しき存在を恐れることもなく、家族みたいに甘えて首にギュッと抱きついて離れた。そのイヌワシ(そう思うことにする)はリアが十分に離れたことを確認すると、バサリと翼を広げて飛び立った。巻き上げられた風が叩きつけるみたいに僕を押しやって、その力強さと雄大さを魂が抜かれたように僕は見つめた。
空高く舞い上がった姿は、その翼の広さもあって地上にいる時よりも、やっぱりずっと大きく見えた。
「……いいな」
気付けば口から零れていた言葉に、僕はハッとして恐る恐る魔法使いの方を見たけど、彼は僕が落としたつぶやきには特に何の反応もしていなくてホッと胸を撫で下ろす。自分でも分かっていた。それは本当に『うっかり』零れてしまった本音なのだと。誰に聞かれるよりもずっと、自分自身が動揺していた。
小さく息を吐いて自分を落ち着かせると、地上の感覚にまだちょっと慣れていないのか、危ない足取りでリアがこちらに駆けて来るのが見えた。
「エルーっ」
「リア」
彼女に歩み寄ってそっと抱き上げる姿は、想像していたよりもずっと手慣れていて。安心しきったように身体を預けるリアと、リアを抱いた魔法使いの穏やかな表情に、本当にこの二人は『家族』なんだと心の底から納得させられた気がした。僕は母さんとこの塔の魔法使いの会話を聞いて、リアが血のつながりを持たないことを知っているし、どうして彼がリアを育てているのかずっと疑問に思っていた。
(でも、これを見たら、そんなのどうだっていい)
母さんも、そう思ったのかもしれない。母さんも弟のマーノを抱き締めている時は、あんな感じの表情をしている。僕もああやって愛されて育って来たのだという記憶があるから、家のためにちゃんと働かなくちゃって思ってる。それが当たり前っていうのも、もちろんあるけどね。
「私とライは、少し実験を続けようと思っている。今日は一日中バタつく事になるだろうから、ユーリカに遊んでもらうと良い」
それでその小さい子供に伝わるのかなって心配になるんだけど、リアは元気よく「あい!」と返事をしてくるりと僕の方を向いた。どうやら伝わってるらしい。
「頼めるか」
「もちろんです」
手渡されたリアを、しっかりと抱きかかえる。弟とか村の子供の面倒はみなれてるから、きちんと今日も危なげなく抱えられた。前より少し重くなった身体に、こうやって大人しく抱っこさせてくれるのもいつぐらいまでかなと、ちょっと気の早いことを考える。
「ユーリ!」
僕の腕の中で手を伸ばしてくるリアに、思わず笑顔が零れた。
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