06 大空をこいねがう ③
「残念ながら、って言うべきなのかな。朝のうちに森へ行ってくる、って走って行ってまだ帰って来てないんだ。まあ、リアなら大丈夫だと思うんだけどね」
……だから、その自信はどこから来るんだろう。この大人達は、もしかしたら自分が強すぎるせいで、森の危険さを分かってないんじゃないだろうか。でも、リアが毎日のように森へ出かけて無事に帰ってきてるのも事実だし。
とにかく僕は、リアにすぐ会うのは難しそうだと、ガックリ肩を落とす事になった。ただまあ、こういうことは珍しいことじゃない、というか僕達はいつ会うのかなんて約束だってそもそもしていないんだし。どうしようかな、いつもみたいにここで待たせてもらおうか。でも、このライナスって人が、まだここに用事があるなら居座るのも悪い。
「ふぅ。こんな良い天気だから張り切って素振りなんか始めちゃったけど、真面目なことなんてするもんじゃないね。肩こっちゃうよ」
ポイっと剣を投げ捨てて、僕のことをそっちのけで皮袋の水を飲み始める姿に、この人はけっこうマイペースな人なのかもしれないって思う。
「ねえ、もし『塔』の方にも用事があるならさ、今はやめといた方がいいって言うか入れないよ。物理的に」
「……はい?」
僕の記憶している限り、この塔の入り口は(知らないと多分みつけられないけど)閉ざされていたことはない。入り口があるはずの所に手を触れてみても、いつもとは違ってビクともしない。
「ね?さっき締め出されちゃったんだよ」
この人はいったい何をしでかしたんだろう、と真っ先に考えつくあたり、僕は本能的にこのライナスって人が無自覚に『やらかす』人なのだと感じ取っているのかもしれない。
僕の視線と考えていることを感じ取ったのか、彼は少し慌てたように付け加える。
「いや、昨晩からネイトが薬をちょーっと調整しようとしてたんだけど、なんか閃いちゃったみたいでさ。ちょっとどころか大改造、みたいな事になっちゃって。それで『思考に邪魔だ。存在が煩い』とか言って放り出されて……朝からこんな感じなんだよね」
妙にあの魔法使いの口調のマネが上手くて、思わず吹き出しそうになるのを必死に堪える。この塔の魔法使いは、何でか僕の母さんを尊敬してるみたいなんだけど、誰に対してでも同じ口調で態度があまり変わらないのは、母さん相手でもこの仲が良さそうなライナスって人相手でも同じみたいだ。
「あっ、そう言えば。さっきの、ウチのリアがお世話になってるって話。僕は滅多に会えないからさ、色々聞かせてくれると嬉しいな、なんてっ、イタぁっ!」
スパァンっと、気持ちいいくらいの鋭さで頭をはたかれて、目の前のライナスがうずくまる。彼にそんなことをする人物なんて、ここには一人くらいしかいないだろう。
「お前のリアではない」
淡々とそう告げて、手をパンパンとはたいた魔法使いは僕の方に視線を向けると、ほんの少しだけ表情をやわらげた……ような気がする。いや、本当はほとんど表情なんて変わらないように見えるんだけど、最近はこの人の微妙な気分の変化?みたいなのがちょっとずつ分かるようになってきてる気がするんだよね。
「……ユーリカか。リアならば森へ行ったが」
「あ、はい。今さっき、彼から聞きました」
そう言って、ライナスの方に視線を向ければ、彼はまだ涙目でうずくまっていた。
「この馬鹿が何か迷惑はかけなかったか」
「いえ、とんでもないですよ」
本当に特に迷惑をかけられたワケじゃないから即答したけど、魔法使いは本当か、とでも言いたそうな顔で僕を見つめ返した。いったい、この人はどれだけライナスに迷惑をかけられてるって言うんだろうか。良い人っぽく見えたんだけどな、ともう一回ライナスの方を見る。彼はまだ涙目でうずくまっていた……ちょっとダメな部分もあるのかもしれない。
「リアが戻るまで中で待っても構わないが」
「えっ、でも、いまお仕事中だって聞きました。邪魔したら悪いですし」
「……ああ、そこの馬鹿はリアがリアが、と喚いて騒がしかったから放り出したまでだ。別にお前はそう言う馬鹿をしでかさないだろう。何より、目処がついたからな。ああ、そうだ……ライ、薬効が確定したぞ」
魔法使いが最後の部分をライナスに向けて言うと、彼は今まで涙目だったのが嘘のようにパッと跳ね起きて真剣な表情になった。ただ、今さっきまでの表情が印象に強すぎて、あまりカッコよく見えない。
「使えそう?」
「ああ。今まで根にばかり注目していたのがいけなかった。桔梗と言えばどれでもまずは根という印象だが……陽の光を浴びている花か葉の方が、今回の場合は有効だ。白金桔梗の他にも試してみるべきやもしれん。発想の勝利と言うべきか……いずれにせよ、リアには感謝せねば。ああ、それからジギタリスではやはり強過ぎる。当初に調合した時よりもお前の身体が」
今までに見た事のない程に熱をこめて語る魔法使いの姿は、あの夜……リアが熱を出して彼が薬を調合していた時、母さんに淡々と説明を重ねていた姿と似ているようでまるで違っていた。暗く重い色の瞳が意志をもって輝き、僕の存在を忘れるくらいに熱くなって。




