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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第5章―追憶の旅路―
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02 赤と灰の大地を超えて ③


「見て見て、ナサニエル! すごい雪よ!」


 生まれて初めてアグナスティアの外に出たアリスは、追われる身であることを本当に理解しているのかと言いたくなるほどの、それはもう大層なはしゃぎっぷりだった。


「……じきにそんな風には笑っていられなくなるぞ」


 本当ならば、雪解けの後の春に発つのが一番良かった。だがそれだと追っ手も早くかかってしまうし、私の魔法があれば雪の中の旅も切り抜けられると自負があった。


 ただいくら私の魔法で温められるとは言え、この寒さではすぐにアリスの笑顔も消えるだろうと思っていたが、彼女がニコニコと楽しそうな表情を崩すことはなかった。どれだけ手がかじかんでも、なかなか馬を手に入れられずに長い距離を歩かされても、不平不満一つ言わずに深窓の姫は笑顔を絶やさなかった。


 初めて食べるだろう、硬くてまずい干し肉にも平気でかぶりつき、私が苦労してやっと手に入れた猟の獲物が食べでのない小鳥には、その死を悼みながらも私がどう調理するのか目を輝かせて見ている。


「ナサニエルはなんでも出来るのね」


 そう言われれば悪い気はしなかったし、ますます何でもしてやりたくなるあたり、自分でも重症だとは分かっていた。分かっていながら、旅を続けた。


 私達は(ひそ)かにエルフの国へ向かうことを手紙で伝え、先方からは了承の返事を既に得ていた。どこの国とも大きな軋轢(あつれき)を生むことなく、事を穏便に済ませるには、こんな駆け落ちめいたやり方で外に閉じたエルフの国へと密かに逃げ込む他になかった。


 エルディネでは今頃、私と姫の姿がないことから私が(かどわ)かした(実際、それほど遠からずと言ったところだが)と思われ捜索が始まっているはずであり、恐らくは私の(ゆかり)の場所が先に当たられているであろうことからも、少しは時間稼ぎになっているはずだった。


(シア、ライ、済まないな……)


 何も言わずに出て来てしまった二人の友のことを想いながらも、きっと彼らならばこんな馬鹿を私がしていることも理解してくれるだろうと思った……同時に、私に真っ先に辿り着くとすればライナスであろうことも分かっていた。


「……ねえ、本当に良かったの?」


 不意に落とされた問いに首を傾げれば、真剣な表情のアリスが膝を抱えてこちらを見ていた。焚き火に照らされた瞳は、それでもなお青く揺らめいていて美しかった。


「私と一緒に、ナサニエルまで全てを捨てて来たんでしょう?」

「別に……捨てるほどのものなんて、あの場所にはなかった」


 真実を見極めるかのように瞳を覗き込まれ、どこか居心地の悪い思いで目を逸らす。


「本当に?」

「……シアやライになら、また会おうと思えばいつでも会えるだろう」

「私が言いたいのは、そういうことじゃなくて。地位とか名誉とか、そういうものよ」


 それこそ、目を瞬かせる他になかった。


「私がそんなものを必要としているように見えるのか?」

「それがね、そうは全く見えないの。ナサニエルの幸せって、何?」


 お前の幸せだと、面と向かって言えたならどれだけ良かっただろう。私が黙り込むと、アリスは少しだけ気まずそうな表情で目を泳がせた。


「あのね、私……ナサニエルが連れ出してくれなかったら、自分一人だけで踏み出す勇気なんて持てなかったと思うの。いつだって、そうよ。先へ進む力は、全部あなたがくれるの」

「……そんなことをした覚えはないが」


 本心からそう思って呟けば、アリスは苦笑して首を横に振った。


「初めてあなたに出会ったあの日ね、本当は話しかけるのが怖かったの。でも、あなたの瞳が優しかったから、気付いたら言葉がこぼれてた……誘拐された日も、本当は恐ろしくてたまらなくて声も出なかった。それでも血塗(ちまみ)れになりながら、私を助けに来てくれたあなたを見た瞬間、もう何もかもが大丈夫だって手を伸ばせたのよ」


 アリスは焚き火で棒をつつきながら、とつとつとそう語った。そんな話を聞くのは初めてで、彼女はいつでも真っ直ぐにぶつかって来て、そこに迷いなどないのだと思っていた。


「……私はあの日、お前に名前を与えられた瞬間に生まれた。それまで自分が誰かに愛されることがあるなど、その重みなど考えたこともなかった。一生、温もりなど知らぬまま、半端なスプリガルとして孤独に生きて行くのだと思っていた」


 気付けば、つらつらと言葉がこぼれていた。アリスは私の目を見て、真剣に話を聞いていた。それを気恥ずかしく思いながらも、いま伝えなければならないとも思っていた。


「お前は私に生きる意味をくれたんだ。あの日、あの路地裏で出会っていなければ、あんな風に穏やかに母の死を見送ることも、そこから前を向いて歩き出すこともきっと出来なかった。今ではこうして傍に置いて、対等に私を扱い続けてくれた」

「私もあの日、ナサニエルに出会えていなかったら、こんなにも世界は輝いていなかった。外の世界のことだって、王宮で聞かされる綺麗事ばかりで、誰も私と対等な目線で語ってなんかくれなくて。それが次期王位継承者に与えられた定めの一つだと思って諦めていたけど、あなたに出会って諦めないことを覚えたの」


 そう言って、アリスは私の手を取った。その手は冷たく、それでも私のかじかんだ指先を温めるように包めば、生きている人間の温度がした。


「大好きよ、ナサニエル。私と出会ってくれて、ありがとう」


 今、こんなにも愛していると伝えたかった。


 どうしようもなく自覚した愛の在り処に、胸が締め付けられて、痛く、熱く、寂しかった。


 この胸にあふれる言葉の何もかもを伝えることが出来なくて、私はただそっとその指先を握り返すことで応えれば、こぼれる彼女の笑顔が切なかった。


 更けていく冬の夜、そうして私は愛を知り、恋を失った。







休載のお知らせ


連載の途中ですが仕事が多忙となり連載を続けることが難しくなりました。


毎週、楽しみに待って頂いてる読者の皆様には感謝しています。


予定は未定ですがまた再開した際にはよろしくお願いします。


ありがとうございます。

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