01 灼熱の都へ ㉒
ひとしきり再会を喜びあった後、遅ればせながら俺達の存在に気付いたらしいシドニアは、軽く目礼をしてリアに向き直った。
「済まなかった、俺に会うために遠回りをさせて。守衛にはリアの名で通れるようにしておく。遅くなったが、ようこそイスカーンへ」
リアの頭を撫でながら告げたシドニアの横顔は随分と大人びていて、通された部屋の落ち着いた雰囲気もあいまって、貴族にはありがちなことだが年齢不相応な発達のしかたをしているのだろうと窺わされた。
「本当なら、ゆっくりとサフィニアを案内してやりたいところなんだが……」
「シド、何か困ってる?」
シドニアの言葉を先回りするように、リアがその不思議な虹色の瞳を覗き込みながら首を傾げた。シドニアは少し迷うような素振りを見せたが、やがて諦めたような苦笑を浮かべて頷きを返した。
「ああ。友好国のクラリスと、隣国のゼクトが交戦を停止してくれたのは良いんだが……俺の婚約者と連絡が取れなくなった。両国は停戦協定を結んだとは言え、未だに睨み合いを続けているし、俺の婚約者も安全な場所に身を移したとは伝え聞いている。ただ少し活発な人で、一人で突っ走って危険な目に遭っていないか心配だし、今後のことも話し合いたい」
「会いに行けばいいんじゃないの?」
あまりに純粋で真っ直ぐなリアの言葉に、思わず後ろからツッコミを入れてやりたくなるが、それよりも先にシドニアが首を横に振って諦め混じりの笑みをこぼした。
「クラリスとゼクトが微妙な関係にあるからな……平時ならともかく、俺の身分で表立って迂闊に動けば、両国の火種にならないとも限らない。会いに行きたいのは山々だが……」
そこまで言葉を並べて、ハッと目を見開いたシドニアは、何故か俺達についてきていたタンジマールに顔を向けた。
「あなたの一座が次に向かうのはクラリスだと、宴の席で聞いた。どうか俺を共に連れて行ってはくれないだろうか」
「……こちらも慈善事業じゃないんでね、オルシーファンの宝石一つで手を打とう。それから、許可は自分で取ってくれるかな」
「乗った。今すぐ兄上に許可を取って来る」
何かが吹っ切れたような笑顔でタンジマールと握手を交わしたシドニアは、リアを振り返ると手を差し出した。
「出来ればリアも紹介したい。共に来て貰えるか?」
「もちろん」
手を取り合った二人は、本当の兄妹のように仲良く廊下を歩んで行く。その後ろを慌てて追いかけながら、あいも変わらずついてくるタンジマールに問いかける。
「……まさか、狙ってたのか?」
「金の匂いがしたんでね」
ニコリと微笑んだタンジマールが囁きを返し、俺は目眩のする思いで溜め息を吐いた。リアは勘違いしているところがあるが、タンジマールはただの『良い人』ではない。あの見世物小屋としては比較的大きな一座を抱えているだけあって、かなり強かな商売人だった。
豪奢な飾り付けのされた廊下を王様のように堂々と歩んでいるが、タンジマールも俺と似たような……どこか『作っている自然さ』の匂いがしていた。口には出さないものの、互いに似ているところを嗅ぎ取って、いつも俺達は必要以上に干渉しあわないようにしていた。今も、そうだ。これ以上は、踏み込まない。
やがて一際大きく、衛兵の守る扉の前で足を止めたシドニアは、軽く扉を叩いて声を上げた。
「兄上、お仕事中に済みません。シドニアです、客人を連れています」
「入れ」
中に入ると、そこは執務室なのか書類が山と積み上げられ、その中で鷹のような容貌の男が座っていた。近くには主人に良く似た見た目の隼が、止まり木からこちらを金色の瞳で爛々(らんらん)と見据えていた。
「シドニア、私の可愛い弟。お前が自分から訪ねて来るのはもちろんだが、ましてやお客人を連れているとは珍しいこともあったものだ……それに、お前がそんなにも仲が良さそうな女子は初めて見る。婚約者殿に妬かれはしないのか、正直心配になるね」
手を繋いだままのリアとシドニアの姿に、興味深そうに男が告げると、シドニアはリアの手をうやうやしく取り直して口を開いた。
「兄上、こちらがレイリアです」
「ああ、貴女がそうなのか。弟が学園でのことを聞かせてくれた時に、貴女の話ばかりしていたから良く覚えている……先の宴の席では、魔術が達者な踊り子だと驚かされたが。私はアルマリク・オルシーファン。弟の良き友として、これからもよろしく頼むよ」
「はい、ありがとうございます」
そう言って、丁寧に膝を折って挨拶をする姿には、どこか気品があって思わず目を擦ってしまう。思えば彼女はアリステア姫様の娘かもしれないのであって、それを知らないはずの先輩がハッと息を呑む声が聞こえた気がした。
「して、シドニア。彼女はともかくとして、一座の者達まで連れて何用だ?」
「まさしく、俺の婚約者……ナターシャのことについてお願いを。彼らについて、クラリスへと渡りたいのです」
ハッと息を呑んだ男、アルマリクは苦い顔をして考え込んだ。
「駄目だ……と言っても聞かないのだろうな。そこの御仁、タンジマールと言ったか。クラリスまでの道中、安全は保証されているのだろうか」
「ええ、クラリスまでの道中は」
そう微笑んだタンジマールに、思わず溜め息がこぼれた。




