01 灼熱の都へ ⑳
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そんな助言を偉そうにしてからというもの、リアはどこか吹っ切れたような表情でますます稽古に励み、相変わらず楽しそうに一座の舞台をこなしていた。
(……これは先輩も気が気じゃないだろうな)
リアが笑いかければ笑顔を返すのを忘れない先輩だけれど、近頃は彼女の姿を見ては考え込んでいることが多かった。確かにリアは俺から見ても多才に恵まれていて、ひとところに収まるような器でないことは明らかだった。
それでもリアが先輩のことを大事に想っていることは明らかで、それは何にも代えがたいものなのだということを分かっても良いはずなのに。
リアはリアで、先輩に対して最大限の気遣いを発揮していて、口には出さないものの先輩の体調を常に把握してはマメに薬の調合を変えているらしい。最近になって分かってきたことだが、そもそもこの旅の目的もそうだし、学院に行ったことさえも先輩の病気を治すためだと言うのだから恐れ入る。
近頃はその先輩が物思いに沈んでいるものだから、リアもそわそわと先輩の様子を窺っては溜め息を吐いている。
(本当、面倒くさい二人だ……)
俺はと言えば、そんな二人の間に入って馬に蹴られたくもないので、一座の面々と同じように生ぬるい表情で遠巻きにすると決めている。ただ、彼らと違う点といえば俺はこの先もずっと、こんな面倒な二人と旅を続けなければならないというわけで。
実に先が思いやられる。
「わぁ……!」
小さな感嘆の声に意識を戻せば、目の前の光景に俺も息を飲んだ。
二、三日前から一座は赤銅色の砂漠へと足を踏み入れていたが、その中に突如として巨大な街が蜃気楼のように現れる。堅固な要塞のごとく聳え立つ城壁の中を、ドラゴンの尾のように渦巻く街並みが巡り、その頂点に絢爛豪華な宮殿が建っている。
白亜の街の中で揺蕩うオアシスの水のように、空よりも深い青のタイルで彩られた外壁の中、散りばめられた黄金が星のごとく瞬いていた。その美しい街に引き寄せられるように、一座は砂漠に疲れ切った足を心なしか早めていく。
日暮れ頃にたどり着いたイスカーンの首都サフィニアは、夕陽に照らされて薔薇色に染まり始めていた。通りには良く日焼けした人々が忙しなく行き交い、道々の商人たちは声を張り上げて色とりどりの織物や、目を瞠るほど精巧な細工物を売り出している。
「あれは、この辺りでしか織られないサイード織りの絨毯だね。鮮やかな赤が特徴的で、染料に宝石を砕いて用いていると言われてる。そっちの細工物はアンゴラ彫りで、都近郊の大工が発案した透かし彫りの技法を小物に応用してるんだ。都の外からも見えたサフィニア宮の外壁や内装にも使われていてね」
現地の案内人よろしく意気揚々と解説を始めた先輩に、リアは目を輝かせて頷きながらイスカーンの街並みを全身で楽しんでいた。完全に『おのぼりさん』である。
案の定、近付いて来たスリらしき奴らを千切っては投げ……ないが、視線で威圧しながら歩く。先輩はリアと共に全力で楽しむことにしたのか、こっちのアレコレには気付かないフリ。疲れる仕事だ。
「すごい……アグナスティアとは全然違うけど、きらきらして賑やかで、素敵な都だね。でも、こんなに人も家も多いと、シドの家見つからないかも……」
サフィニアはエルディネの首都アグナスティアよりは小規模な都だが、競うように家々が密集して建てられており人口密度が高い。確かに知人を探すには一苦労だと思っていると、先輩がキザったらしく片目をつぶってみせた。
「その子はシエロ君の知り合いだったんだろう? もしかしたら家名で分かるかもしれないよ。正式な名前は覚えてるかい?」
「確か……シドニア・オルシーファン」
俺の思考が停止した瞬間だった。
「ここだよ」
先輩の声に思考を取り戻し、気付いた時には王宮に勝るとも劣らない豪奢な屋敷の前に立っていて、リアが厳つい番兵に堂々と話しかけに行くところだった。
「何者だっ」
「あの、レイリアって言います。シドはここにいますか?」
番兵は目を丸くして、次には顔を真っ赤にして怒り出した。
「貴様、シドニア様に対してなんという馴れ馴れしい口を!」
「えっと、シドの友達で。リアだって言えば分かると思うんですけど」
「貴様のようなこ汚い白髪の友人など、シドニア様にいるはずがないだろう! 失せろ!」
しっしっ、と犬でも追い払うようにあしらわれ、諦めたかと思いきや。リアは決然と屋敷の窓を見上げると、スゥと息を吸い込んだ。
待て待て待て。
「バカはおやめなさい、お嬢……!」
「むごっ……」
慌てて口を押さえれば、非難の視線が飛んで来る。非難されるべきは、この場合どう考えてもお嬢の方である。
「オルシーファン家と言えば、王家にも肩を並べる大公家ですよ? それを天下の往来で、どうせ『シードー君、あそびましょ』とか叫ぼうとしてましたよね?」
「ぷはっ……やっぱりユミルって、魔法使い?」
やっぱりお嬢は馬鹿だった。




