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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第5章―追憶の旅路―
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01 灼熱の都へ ⑰

 

 好きって色々と難しいんだなと思いながら曖昧(あいまい)に頷けば、私が分かっていないのが伝わったのか、リィンはちょっとだけ寂しそうに微笑んで『帰ろう』と手を差し出した。


 手を繋いで帰る道も相変わらず夕陽は綺麗で、こんな景色をいつかエルやライと一緒に見たいと思う。


(私は二人のことが大好きだけど……これも、リィンの言う好きとは違うのかな。たぶん)


 好き、のことを考えると、私が手を取れなかった時のシエロの表情を思い出して、胸の奥がズキズキと痛む。


 こんな時、分からないことを何でも教えてくれるライには、どうしてか訊ねる気にもなれなくて、ユミルはどこかへ行ってしまったし、私は悶々と夕食の後の時間を過ごしていた。


《好き、って難しい》

《お前に説明されても、群れの仲間以上に大事なものというのが理解できん》


 私が兄さんに昼間の出来事を説明すると、兄さんも私と同じように頭を抱え込んでしまった。基本的に同じ環境で育った私達には、同じように難しい問題だった。


《要するに、伴侶(はんりょ)にしたいということか》

《そこまで即物的にはみえなかったけどなぁ……》


 繁殖期の森の賑やかさを思い返して、互いに苦笑する。私達が額を突き合わせて話し込んでいると、後ろから軽やかな足音が聞こえた。


「君達は本当に仲が良いな」

「タンジマール」


 兄さんと一緒にいる時、一座のみんなは怖がって近寄って来ないのだけれど、タンジマールだけは別だった。こうして自然体でするりとやって来る座長のことを、兄さんも気に入っているように見えた。


「兄さんとは、ずっと一緒だから」

「だから、悩み事も一緒かな? 揃って険しい顔をしていた」


 タンジマールがそっと指先を伸ばして、私の眉間のシワに気付かせてくれる。


「……私のことを『好き』だって言ってくれる人がいたの。でも、その意味が分からなくて、きっと傷付けた。リィンには『逃げてるだけだ』って言われて、そうなのかもしれないと思ったら、どうして良いか分からなくなって」


 自分の中でも整理のついていない話を、綺麗に語ることは出来なかった。私のとりとめもない言葉を、それでもタンジマールは真剣な表情で聞いてくれた。


「そう、逃げているように見えるのかもしれない。でもリアは、逃げずにこうして向き合ってる。ただ……そうだね。君はまだ、恋の痛みを知らない。そういう目をしている」

「恋の、痛み?」


 タンジマールは優しく微笑んで、私の隣に腰掛けた。


「恋は甘くて、楽しい。熱く燃え上がって、その相手のことだけ考える時間は幸せだ。でもそればかりではなくて、痛くて寂しい時もある。特にそれが叶わない恋の時はね」

「タンジマールも、恋をしたの?」


 男装の座長は苦く微笑んで、さらりと私の髪を(すく)った。


「惚れた女がいた……彼女のためなら、何だって出来ると思った。でもこんな風に姿を変えて、男のように振る舞っても、彼女が振り向いてくれることはなかった。彼女が結婚すると聞いた時は、死にそうなほどに悲しかった」


 タンジマールの瞳は、切なく遠くを見つめていた。こんな瞳を、どこか……ひどく身近な場所で見たことがあると、知っていると思った。


「それが私の、最初で最後の恋だ。でも今は、彼女が幸せならそれでいいと思ってる。それが愛なんじゃないかと、私は思うよ」

「恋と愛は、違うもの?」

「さあ、どうだろうね……でも、人それぞれに形が違うのは確かさ。だから」


 すっと身を乗り出したタンジマールは、トンと私の胸に指先を寄せた。


「君の中の愛を、大事にするんだよ」

「私の中の、愛」


 ポツリと繰り返せば、タンジマールは柔らかく微笑んで口を開いた。


「君は私達の舞台を見た時に、皆を笑顔に出来るのが素敵だと言ってくれたよね。でも君自身の愛は、きっと大勢に振りまかれるよりも、ごく身近な人に一途に注がれるのを待っているように、私には見えるんだよ」


 自分では良く分からなくて、少し不安になりながらタンジマールを見上げた。タンジマールはひどく真摯(しんし)な表情で、私と目線を合わせて言葉を続けた。


「まだそれを捧げる相手に出会っていないのか、それとも既に隣にいる大切な人なのか。私にも君にも分からないけれど、いずれ気付く日が来る。そういうことだよ」

「……よく、分からないわ。ごめんなさい」

「謝る必要はないよ。私のように恋が愛に変わることもあれば、愛が恋に変わることもある。それがより大きな愛に変わることも、ね。そのための準備を、君はしているところなんだ……だから、焦らなくて良いってこと」


 タンジマールの言葉を胸に刻んで、飲み込んで、少しだけ気が楽になったように思った。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 ひらり、と手を振って去って行く背中を、素直にカッコいいと思う。一座のみんなが『親父』とか『旦那』とか呼んで慕っている理由が良く分かるな、と思いながら兄さんの背中に顔を(うず)めた。


《兄さんは、分かった?》

《愛には色々な種類がある、ということだけ》







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