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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第5章―追憶の旅路―
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01 灼熱の都へ ⑯

 

 壁を、()ける。


 積まれた石造りの壁に、僅かなとっかかりが手に吸いついて、次の瞬間には景色が変わっている。気持ちいい。


 リィンの手にかかれば、壁も塀もないようなもので、するすると屋根の上に登ってしまう。屋根から屋根の上に飛び移れば、ぐんぐんと元の世界が遠ざかって、次第に街の中の一番高い場所へと近付いていく。


 剥がれかけた裏路地のポスター、猫の溜まり場、リィンの鍵開けの才能をもってしても開かない扉。普段なら気にも留めないような路地や、屋根の上の景色が今まで見ていた世界を塗り替えてくれる。


「はい、到着」


 平たい屋根の上に腰掛けて、二人で落ちていく夕陽を眺める。こんな時は、群れの仲間とは違う何かを感じる。森の中で、時間はただ過ぎゆくもので、夕陽は夜の訪れを知らせるだけのものだった。


「きれい……」


 ほぅ、と溜め息を吐きながら呟けば、リィンが頷いて口を開いた。


「夕陽とか朝日とか、そういうのがキレイに感じるのは、自分が満ち足りてるときだけなんだってザザが言ってた」


 そうかもしれない、と思う。衣食住が足りていなければ、そのことしか考えられなくなるし、何か不安や悩み事があれば夕陽なんて目に入らない。


「あたしね、こうやって夕陽を見るのが好きなんだ。タンジマールに拾われるまでは、ずっと一人でスリとかかっぱらいとか、大声では言えないようなことで生きててさ。太陽があろうがなかろうが、自分の腹が膨れてることだけが大事だった。それこそザザが言うように、今は満ち足りてるってことを確認出来るから、好きになったのかも」

「そっか」


 そうとだけ呟いて寄り添えば、リィンはくすぐったそうな表情で私を見つめた。


「そういうところ、だよね」

「うん?」


 首を傾げれば、リィンは気恥ずかしそうに口を尖らせたけれど、結局は私の視線に根負けして言葉を続けた。


「リアが来てからさ、こうやって夕陽を見るのがもっと好きになったの。きっとあたしが知らなかったのは、いつどこで見るのかよりも、誰と見るのかが大事なんだってこと」

「私も、リィンのこと大好きだよ」


 そう返せば、彼女は顔を真っ赤にして絶句した。


「えっと……そういう話じゃなかった?」

「だ、か、ら、そういうところだってば! あたし達のちょっと重い過去には、ただ黙って寄り添ってくれて、でも踏み込んでこない冷たい人間ってわけじゃない。大事なことはちゃんと真っすぐ口にしてくれる……一座のみんな、リアのこと気に入ってるよ。もちろん、あたしも」


「大好き?」

「っ、そうよっ、大好き! 悪い?」


 彼女を見ていると、ついからかいたくなってしまう。私もよくからかわれるから、お互い様だと思うのだけれど、ユミルには『ますます先輩に似てきましたね』と、ものすごく嫌そうな顔で言われたりする。


「男達だって、みんなアンタに花を贈りたがるわ。ザザとか……」

「ザザだけだよ」

「ウソ。この前、見たんだから。ライに花冠(はなかんむり)を贈られてたでしょ」


 よく見てるなあ、と感心すれば、リィンはどこか呆れたような表情で私を見つめた。


「ユミルにだって大事にされてるし、その花飾りだってどうせ『いい人』からもらったんでしょ」

「良い人……良い人かなぁ。根っこのところでは優しい人だけど」

「そういう意味じゃないわよ。アンタを好きな人ってこと」


 それについては自信を持って頷ける、と私は笑みを浮かべた。


「フィニアス師は、なんだかんだ言って私のこと好いてくれてると思うよ。大事な師匠で、家族なの。これも、学院に出立する時にくれたもので……」

「ああ、もう。そういう意味じゃないってば! 恋だの愛だの、そういう話! ずっとそばにいて、相手を自分のものにしたいくらい好きかって話!」


 私はようやく意味を理解して、ウッと喉を詰まらせた。


「えっと……まだ私、そういうの分からないかなって」

「まだ、って言った。本当は分かってるのに、逃げてるだけ。分からないフリをしてるの」


 そうなんだろうか、と真剣に考えてみても、分からないものは分からない。ただ一つだけ言えるのは、シエロについてきて欲しいと手を差し出された時に、その手を選べなかったということだけで。


「ああもう、そんな顔しないで。アンタを困らせたかったわけじゃないの……せっかく女の子の友達ができたから、内緒話がしたかっただけ」

「内緒話?」


 リィンは私の耳元に口を寄せると、小さな秘密を(ささや)いた。


「あたしね、クインシーのことが好きなの」

「それは、ずっとそばにいて、相手を自分のものにしたいって意味で?」

「そんなハッキリ言わないでってば……まあ、そうだけど」


 自分のものにする、という意味が私には良く分かっていなかったけれど、リィンの頬の赤さを見れば大層(たいそう)なことなのだろうと思った。


「クインシーも、リィンのこと好きだと思うけど」

「……リアって、もしかして本当に分かってない? クインシーのあれは、あたしのことを妹だと思ってるの。頭撫でたり、抱き締めたりはしてくれるし、大事には思ってくれてるけど……それだけ。あたしの求めてる『好き』じゃないの」







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