01 灼熱の都へ ⑮
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「お次は玉乗り男のお出ましだ!」
私の、出番だ。
わぁっと歓声の上がる中に、すぅと息を吸い込んで足を踏み出す。
既に熱をもって盛り上がっている場から、ぶわりと圧が押し寄せてくる。
《ユリート・イドラ》
誰にも聞こえないように口の中で呟いて、器用に大玉の上で踊る玉乗り男・クインシーへと魔法で作った水の玉を投げ上げる。
「おっと、ここで不思議な水のボールの登場だ。二個、三個……まだいけるか? 四個、五個っ! 皆様、どうぞ拍手を!」
慎重に一定のタイミングで投げ入れるボールを、クインシーは一つも落とすことなくお手玉にしてみせた。
一つ、また一つと弾けて消える水玉の向こうで、クインシーは手を振る余裕さえ見せながら後ろへと下がって行く。
その影から音もなく不意に現れたシルクハットの紳士に、場がわっと沸き立った。
今度は何を見せてくれるのかと目を輝かせる観衆に、手品師のザザはいつもの微笑みを絶やすことなくお辞儀をして、手の中にパッと一枚のカードを出してみせた。
ざわめく人々の眼の前で、またパッとカードを消してみせたザザは、パタパタと洋服を探って胸ポケットからカードを見つける。そうするとまたパッとカードが消えて、おどけたような表情のザザが観衆の一人を選んで招き寄せると、そのポケットからカードが見つかる。
またすぐにパッと消えるカードに、今度は誰のポケットから……と期待をふくらませる人々の前に、バサリとカードをくわえた鳩がザザの胸ポケットから飛び出す。
ここも、私の出番だ。
《わぁっ……!》
次の瞬間、ぱちり、と。
湧き上がる拍手喝采に応えるザザの手に止まっていた鳩が消えて、透明な水の鳩になってしまう。もちろん、私が作った魔法の鳥だ。
ひらりと舞い上がった水の鳥に、ザザがおろおろとしてみせ、そこに私が小さく手を振って登場する。
「さっきの女の子だ!」
誰かの声が聞こえて、思わず笑顔を浮かべて手を振ってしまう。ひゅう、と口笛が飛ぶ。なんだか嬉しくなりながらも、私は手に持った木の枝をしゃらりと振って、自分の『仕事』に専念する。
私が枝を振るたびに、ひらりひらりとザザの周りを飛ぶ鳥がからかうように羽ばたいて、ザザはそれを捕まえようと必死に飛んだり跳ねたりしてみせる。
その喜劇的な動きに観衆から笑いが漏れるも、ついにザザが鳩を捕まえたと思った瞬間。
《パァンッ……》
音を立てて弾けた水の鳥に、その儚い消えざまに、息を呑む音がいくつも聞こえた。
鳥は消えてしまったのかと不安に思い出した観衆の前に、ザザのシルクハットがもぞもぞと動き出す。
「おっと、こんなところに」
パッと開かれたシルクハットから本物の鳩が飛び出し、今日一番の歓声が沸き起こる。
雨のような拍手喝采に立ち尽くす私の手を取って、ザザが高く高く掲げてくれた。視界の隅で、ライとユミルが懸命に手を叩いてくれているのが見えて。
「ありがとう!」
手を繋いでお辞儀をした瞬間、胸の奥に熱い何かが広がる気がした。
大盛況のうちに幕を閉じた今日の演目の後、座長のタンジマールが今回の売上を持って一座の元に戻ると、歓声と共に小さな影が宙返りして眼の前に飛び出した。
「やったっ、大成功じゃんリアっ」
勢いよく抱きついて来る熱に押されて、思わずたたらを踏んでしまう。
「私なんて出たのほんのちょっとだよ、リィン」
「そんなこと言って、今日はめっちゃ盛り上がってたじゃんか。ねっ、クインシー」
話を振られた玉乗り男のクインシーは、衣装を脱いで汗を拭きながらも笑顔で頷いた。
「おぅ、リア。お前、どんどん精度上がってるよ。普通の玉でやるより、客の反応もいいし」
「本物の魔法に出て来られては、私もかたなしですしねぇ」
またどこからともなく現れたザザが、おどけた調子で呟く。
どう返せばいいのか分からなくて困っていると、リィンがケラケラと笑いながらザザを小突いた。
「またそんなこと言って、それでも負けないって思ってるんでしょ」
「もちろんですよ、リィン嬢。貴女もほら、我々の勝利を喜んで」
パッと手の平に小さな花を出したザザが、私の髪に飾ってくれる。
「ありがとう、ザザ」
茶目っ気たっぷりにウインクをしてみせたザザに、思わず笑顔がこぼれる。この人は、他人を笑顔にさせる天才だと思う。
「ほらリア、まだ元気は残ってるでしょ? 行こっ」
「うん!」
手を取り駆け出すリィンに、後ろから「夕飯までには帰って来いよぉ」と間延びしたクインシーの声が聞こえた。
文字通り風のように駆けるリィンに並んで走っていると、森の中を群れの仲間と駆けているのと似たような喜びを覚えた。
こうして街を駆けるのはもう何度目かで、最初に一座で声をかけてくれたのもリィンだった。
『あたし、この街は二度目なんだ。案内したげる』
そう言って彼女がしてくれた『案内』は、私一人ではもちろん、ライやユミルでも連れて行ってはくれないような景色を見せてくれるもので。彼女のことはもちろん、彼女のおかげで訪れた街のこともどんどん好きになる自分がいて。
「それじゃ、ガンガン上げてくよっ」
頷いて、たんっと地面を踏みしめた。




