01 灼熱の都へ ⑭
「ちょっと、お嬢!」
背中に焦ったようなユミルの声が聞こえたけれど、今は一歩も退きたくはなかった。
私の言葉に座長……タンジマールは、さっきまでの優し気な表情から一転、鋭く品定めするような瞳で私を見据えた。
「へぇ、お嬢さんの細腕で、一体何が出来るって言うんだい? 見れば分かるだろうけど、ウチは一流揃いでね、生半可な芸じゃ間に合ってるよ」
「弓になら覚えがあります」
そう告げて、背中に背負った弓矢を素早くつがえると、手近な木に連続で三本の矢を撃ち込んだ。
座長は少しだけ驚いたような顔で矢を見に行くと、確かに三本とも同じ場所へと刺さっていることを確認して頷いた。
「確かに、大した腕だ。だけどもちょっと見栄えがね……」
「ナイフなら?」
使い慣れたナイフをすらりと抜き、勢い良く投げた刃が彼女の髪を掠めた。
弓矢と同じ場所に刺さったナイフに目を丸くしている座長へ、畳み掛けるようにパチリと指を弾いて炎の玉を三つ宙に浮かべる。
「魔法もこの通り」
ちょっとぎこちないけれど、魔法炎でお手玉をしてみせた私に、座長は素直な笑顔で手を叩いてくれた。
「素晴らしい、とんだびっくり箱だね。そこのお付きは、護衛として雇えば良いのかい?」
「追加でもう一人、頼みますよ」
ふわりと降って来た優しい声と手の温もりに、私は少しだけホッとして振り返った。
「ライ、もう大丈夫なの?」
「まあ、こってり絞られたけどね。それより、まさか僕がちょっと目を離した隙に、こんな面白いことになってるなんて思わないよ。いつの間に、こんな芸達者になったのかな僕のお姫様は……失礼、彼女の保護者のライナスです」
遅れて挨拶するライに、座長が苦笑して差し出された手を握り返す。
「これはまた、腕の立ちそうな護衛を二人も引き連れて……面倒事じゃないだろうね」
「いえ、僕が病気がちなもので。三人で教国を目指してまして」
「なるほど『巡礼者』かい、それは無碍に出来ないね」
少し考えこむ素振りを見せる座長に、私はふと思い出して遠慮がちに告げた。
「えーっと、今はいないんですけど街の外にダ……ワーウルフが一匹控えてて」
「採用」
びしり、と指を突きつけられてパチクリと目を瞬かせる。
「デカい動物ってのは、いるだけで人目を惹くからね。大した給料は出してやれないけど、それでも良いなら次の国まで一緒に来るといい」
「あっ、ありがとうございます!」
まさか了承されると思っていなかったところに、兄さんが最後のひと押しになってくれたらしい。
(後で見世物になるかもしれないって、謝らないと……)
そしてその前に、謝らなければならない相手がいる。
「勝手に決めて、ごめんなさい!」
少し呆れたような表情のユミルに、面白そうに笑んでいるライ。二人とも怒ってはいなそうだったけれど、それでも頭を下げて謝った。
「別に僕は構わないよ、道中はリアの自由に任せてるし。なんだか楽しそうじゃない?」
「全く、先輩はお嬢のことになると甘すぎるんですよ。まあ行き先も同じみたいですし、どのみちお嬢の警護ってことに変わりはないですし、良いですけど」
深々と溜め息を吐くユミルに、ライが驚いたような表情で振り返る。
「あれ、一緒に来るつもり? さっき陛下から、ユミルの護衛任務は解除って」
「サラッと嘘吐くのやめてもらえます? 陛下はそういうの、お見通しなんで。勅書です」
懐から出した紙をひらひらと振るユミルに、ライが珍しく顔を歪めて引ったくる。素早く目を通しながら、その顔がだんだんと生気を失っていくのが、少しだけ可笑しかった。
「うっわ……つまり?」
「このまま俺も、旅は継続ということです。残念ながらね」
「ほんっとうに残念だよ!」
叫んで紙を握り潰しそうながらも、勅書であることを思い出してか丁寧に畳む姿に、つい堪えきれず笑ってしまう。
「まあ、良いじゃない。ユミル、いい人だし」
「だ、そうですよ。先輩」
「……いつの間にか仲良くなってないかい、二人とも」
何があったのかと探るような瞳を向けるライに、私はユミルと顔を見合わせてクスクスと笑い合った。
何かが大きく変わったわけじゃないけれど、それでも確かに通じ合うものがあった。
「次はイスカーン、ですか……既に遠いですね」
「エルディネが広いからね」
これからお世話になる一座の賑やかな荷馬車を見つめて、これからの旅に思いを馳せた。
イスカーンには、シドがいる。
シドと別れてからまだそれほど経っていないはずなのに、こんなにも懐かしく感じるのは何故だろう。
(……シエロにも、結局会えなかった)
会う勇気が、なかったのかもしれない。あの白亜の城の門を叩く、勇気が。
友を裏切るような気持ちを抱えて、この地を去るのが苦しかった。
シドにも会うことが出来るのか、得体の知れない不安も渦巻いて。
(それでも、進まなくちゃ)
あらゆるものが変わってしまうのだとしても、前へ。
そう心に決めて、新しい居場所へと歩き出した。




