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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第5章―追憶の旅路―
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01 灼熱の都へ ⑬

 

「お嬢の前では、割と素のつもりなんですけどねぇ……でもま、よく言われますよ。どこの家の出か、ってね。答えられる家なんかないっての、と思いながら笑ってりゃ、向こうは勝手に勘違いしてくれますけど。話し方とか物腰に気を付けるだけで、人ってのはコロっと騙されるもんです」


 さらりと言ってはいるものの、そんなに簡単なことじゃないんだろうってことは私にも分かった。彼が相当な努力をして、今の『彼』になったのだということは素直に尊敬に値するとも思った。


「まあ、この話……そうそう他人に話したことはないですけどね。()められたらおしまいですし、人の口に戸は立てられないですし。先輩達は薄々察してるんでしょうけど」

「どうしてそんな話を私に?」


 ユミルは少し考えるように私を見つめたあと、カラリと笑って肩を竦めた。


「さあね。さっきの意趣返しかもしれないですし……お嬢なら、下手に哀れんだりしないんだろうと思って。それに関しちゃ正解でしたね」


 今までより柔らかい表情で、ユミルが丁寧に私の手を(すく)った。それから私達は、しばらく黙って何もない場所で立ちすくんでいた。


 誰かの思い出だけが残る、この場所で。


「良いところ、ですね」

「うん」


 頷きを返せば、頬を掻きながらユミルは呟いた。


「ここで生きてた時には、そんなこと考えもしなかったですよ」


 そう目を閉じて、何かを優しく閉じ込めたユミルと共に、私達はどちらからともなくその場を後にした。


 もう、その場所には何もないのだと……分かったから。


 足早にスラムを抜けると、ぶわりと鮮烈な海風が吹いた。少しだけ塩辛くて、なんだか懐かしい『生きている』風。


「……もう俺には、ここが生きる場所なんだな」


 ポツリと呟いたユミルの横顔に落ちた影は、次の瞬間には消えていて。


「欲しかったものは、手に入りましたか。お嬢」


 からりと晴れた笑顔で問う言葉に、私も色々なものを仕舞(しま)い込んで笑顔で答えた。


「うん、ありがとう」

「それは良かった」


 それでも手が、離れることはなかった。


「どこか行きたい場所はないんですか、お嬢」

「うーん……前に来たとは言っても、何があるかまでは分かってないし」


 ふと、フィニアス師と二人で訪れた花畑を思い出すけれど、あれは二人だけの思い出としてしまっておきたかった。


 そのまま二人で何とはなしに雑踏を歩いていると、一際(ひときわ)にぎやかな一角が目に入る。


「あれは?」

「ありゃあ、旅芸人の一座ですかね」


 人混みの背に阻まれて前が良く見えない私に、ユミルが背伸びをして答えてくれた。



 旅芸人。


 エルの手記にもあった言葉に、俄然(がぜん)興味の湧いた私は、するりとユミルの手を解いてフラフラとにぎやかな声の方へと歩み寄っていた。


「ちょっと、お嬢!」


 慌てたようなユミルの声を背に、人混みが私を押し出すようにして、開けた場所に出た……その瞬間だった。



 ごぅ、と。

 耳鳴りのような音と共に、炎が眼の前を駆け抜けて行く。


「どうよ、これが火吹き男の不思議な力! 種も仕掛けも魔法もない!」


 見れば松明(たいまつ)を掲げた男が、間違いなく口から火を吐いているところだった。頬や髪を焦がすような熱に目を見開いていると、今度は盛り上げ役の男がパンパンと手を叩く。


「お次は東西一の軽業師(かるわざし)! 人の身で空をも翔ける!」


 高らかな口上と盛り上がる場を貫くように、高く高く飛び上がる人影。


 (しな)やかな身体が空中で何回転も宙返りをこなし、細くしなる棒の上へと危なげなく舞い降りる。音もなく宙を舞うように見えるその姿は、本当に飛んでいるかのようで。


「やあ、少しばかりここで一休み。歌姫よ、皆の心を癒やしておくれ!」


 ふと生まれた静寂の中、前へと進み出た美しい女性が透き通るような歌声を響かせる。


 その後も蛇使いの女、玉乗り男のお手玉、手品師が鳩を飛ばして、息吐く間もない時間が続いた。その場にいる誰もが目を見開き、笑顔で、熱のこもった空間が広がっていた。


 やがて全ての演目が終わりを告げて、一座の挨拶と共に人々が立ち去っても、私は興奮冷めやらずに立ち尽くしていた。


「全く……お嬢にもこういう一面があったとはね。ほら、行きますよ」

「うん……」


 ユミルの言葉にも生返事で、名残惜しく振り返る。


「そんなに楽しんでくれたのかい、お嬢さん」


 荷馬車から降りて声をかけて来たのは、さっきの盛り上げ役の男だった。


(あれ、この人……よく見たら女性だ)


 短く髪を切り揃えて、わざわざ男性に見えるような化粧をしている。ただ学院でのことを思い返せば、もっと凄まじい格好の人もいた気がする。


 今はとにかく素直に感動を伝えたくて、私はその人の元に駆け寄った。


「凄かったです、みんなが笑顔になってて……こんなに素晴らしいことがあるんだって」

「へぇ、面白い楽しみ方をしてくれるんだね。私は座長のタンジマール、お嬢さんは?」


 ふわりと問われた言葉に、私は息を吸い込んで答えた。


「リアです、レイリア。あの、次に行く国ってイスカーンなんですよね。私も連れて行ってくれませんか……その、団員として」






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