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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第5章―追憶の旅路―
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01 灼熱の都へ ⑪




 *



 胸の奥をくすぐる潮風に、水から()げたての魚の臭い。


 人々の交わすにぎやかなおしゃべりと、海鳥の飛び立つ鳴き声に、どこの国の音楽ともしれない調べがそこここから聞こえてくる。


 まだ一度しか訪れたことがないはずなのに、どうしてか『帰ってきた』という感じを与えてくるエルディネの都・アグナスティア。


「ライは大丈夫かな」

「いや……今頃こってり絞られてるんじゃないですかね」


 私の問いに、ユミルが肩をすくめて答える。


「誰に?」

「陛下に」

「それは大変ね」


 美しい水の都にいながら、今少し心が晴れない理由の一つはライがいないからなのかもしれない。さすがに置き手紙一つで飛び出して来たことへで、お(とが)めを受けにライは登城しており、私とユミルは二人で城下を見物していた。まあ、どちらかと言えば私の見物にユミルが付き合ってくれている、という感じなのだけれど。


 それが肝心の私は、アグナスティアに足を踏み入れてからどこか落ち着かない気分で、目に映る珍しい品々にも何だか心が浮き立たなかった。そんな私を適度に放っておいてくれるユミルとの距離感が、今は少しありがたかった。


「陛下に叱られるなんて、大事(おおごと)なんじゃないの?」

「でも、他にあの人を叱れる人がいないんすよ……俺らの所属してる組織って、そもそも陛下直属の特別なものなんですけど、その中でも先輩は特別で誰も命令出来ないんです。こういうこと外部の人間に言うの、あんまり良くないんですけど。ま、お嬢なら良いですよね」


 何が良いのかサッパリ分からないけれど、ユミルはサラリと事情を話してくれた。


「だから王様が出てくるの?」

「そうっすね。先輩も拾ってくれた恩があるから、陛下には頭が上がらないって言ってましたし。そうじゃなくても、普通は陛下に対して頭の上げられる人なんていないんすけど。あの人って頭良いのに時々、どうしようもなく馬鹿で不遜(ふそん)ですよね」


 ライが聞いていたら間違いなくきゅっとシメられるようなことをケラケラと話すユミルに、ちょっと呆れながらも少し気が楽になっている自分がいた。


 こんな風に落ち着かないのは、きっとエルの手記を読んだからなのだと分かっていた。


(……エルも、こんな風に誰かと街を歩いたのかな)


 ここが彼の故郷なのだと、そしてアリス……アリステア姫、きっと私の生みの母であるその人と出会った場所であること。今まで何も知らなかったところに膨大な情報を得て、自分の中の何かがあふれそうになっているのを感じていた。


 (ふところ)に入れた手記を無意識のうちに抑えている自分がいて、雑踏の中で静かに拳を握りしめる。


「ユミル、お願いがあるの」

「嫌な予感しかないんですが」


 そう前置いて、それでもユミルは「どうぞ」と言ってくれた。


「私をスラムに連れていって」

「……出来ればもう少しロマンチックな場所に誘って欲しかったですねぇ」


 げっそりとした表情で呟いたユミルは、私の言葉を笑い飛ばすことも出来たはずなのに、そっと手を取って歩き始めた。


「連れて行ってくれるの?」

「そうでもしなきゃ、アンタは一人でも行くでしょう。そういう人ですよ」


 この短い間で完全に私の性格を(つか)んでいるユミルに、私は少しだけ笑ってしまった。


「全く……先輩には内緒ですからね。俺の命の危険があるんで」

「分かってる」

「先輩が留守の時を狙って、だもんな。この確信犯め……」


 ぶつぶつと呟きながらも、私の意思を尊重してくれるユミルに微笑(ほほえ)みかけると、彼は首を振って目を背けてしまった。言葉少なになった彼が私を連れて行ったのは、かつてマスター・フィニアスが入ってはいけないと私に言い含めた裏路地だった。


「本当に、入っていいの?」

「俺が護ります。アンタなら、その心配も要らないでしょうし……俺を信じてくれるなら、ですけど」

「信じるよ、行こう」


 迷いなく手を引けば、諦めたような溜め息とともに先導してくれる。


「っ……」


 足を踏み入れた瞬間、無数の視線を感じた。


 値踏みするような、何かを剥がそうとするような、じっとりとした視線を。ともすれば怯んでしまいそうな雰囲気の中、路地の奥へとユミルは勝手知ったる顔で足早に歩んで行く。


 ユミルの発する気配は、これまでに見ていた彼とはまるで違った、どこか獣のような殺気をまとっていて。


「……お恵みを」


 どこからか現れた少年が、茫洋(ぼうよう)とした表情で呟きながらこちらに手を伸ばす。


 こちらを見やるユミルが小さく首を横に振り、私はそれに頷きを返した。彼の言いたいことは、分かっていた。


「ごめんなさい、あなた『達』にあげられるものは何もないの」


 一歩踏み出してそう告げれば、少年は私を上から下まで眺め回して、確かに金目のものを何も持ってないと分かると、瞳の奥を燃やして勢いよく突き飛ばしてきた。


「じゃあ、こんなとこに何の用だってんだッ」


 思いのほか強い力にたたらを踏みながら、私は息を吸い込んで答えた。


「大切なものを、探しに」








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