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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第5章―追憶の旅路―
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01 灼熱の都へ ⑩

 

 そのような騒がしく忙しない学院生活も永遠には続かず、順調に位階も進めていた私は、ある日いきなり父から呼び戻されることになった。


 フィニアスの気まぐれ、もしくは我儘(わがまま)と呼ぶべき独断で学院に籍を置いていたから忘れていたものの、現実の私はこの国の公爵である父の『所有物』に過ぎないのだと、そう実感した瞬間でもあった。


 父が私を呼び戻したのは、私からの位階に関する報告を受けて、そろそろ仕官させても良い頃だと判断したからのようであり。年齢を考えれば異例の若さで仕官となった私は、第二騎士団の魔導騎士として、普通の騎士よりも二階級上の位から始めることになった。


(……まあ、こうなるだろうことは分かっていたが)


 良くも悪くも実力主義とは言え、正式にギルフォード公爵家の名を受けてナサニエル・ギルフォードと名乗るようになった私は、その年齢や経歴や出自を指して陰で色々と言われる羽目になった。


 私を守っていたフィニアスの名が無くなった今、その声は学院で受けていたよりも大きく面倒なもので、そのような中でも所属が異なるガルシアやライナスが、色眼鏡もなく私を見てくれたのは奇跡と呼ぶほかにないのかもしれない。


 二人と出会えたことは私にとってこの上ない僥倖(ぎょうこう)で、三人で夜を徹して呑み明かしたり、鍛錬に励んだり……主に私に負かされても幾度となく挑んで転がされるシアを見て、ライが腹を抱えて笑っているというだけの構図だったが。


 そんな風に三人で馬鹿をやりながら、仕事も適当にこなしながら、時に陰口を叩かれながら、平和に日々は過ぎて行くのだと思っていた。その日がやって来るまでは。


「アリス……」


 ほとんど音もなく、ただ(かす)れた空気のような声を、それでも確かに彼女は拾い上げた。

 それは確か、国王陛下が地方視察からのお帰りで、主要な王族が総出で出迎えに来ていた列での出来事だった。私が所属する第二騎士団は、別の任についていた第一騎士団に代わって国王の出迎えに参列していた。


 直立不動で剣を捧げ、そんな顔も名前もない『兵』の群れが延々と続く。本来なら気付きようもない列の中で、彼女は確かに私を見つけた。


(ナサニエル……?)


 見開かれた瞳とともに、その唇が確かに私の名前を呼ぶのが分かった。


 私とて学院生活を経て、何も分からないスラムの子供でもなくなっていたから、私が短いながらも大切な時間を共有した『アリス』が何者なのか、薄々見当はついていた。



 アリステア・エルディネ。


 この国の王女殿下であり、その髪と瞳の色の深さから、第一王位継承者とされている人物こそがアリスの正体だった。


 私が王都に戻ってから、何度か未練がましく『約束の場所』に顔を出してはみたものの、彼女が現れることは(つい)ぞなく。そもそもアリスが王宮から外に出て、あのような場末の路地裏に定期的にやって来ていたことの方が異常だったのだろう。


 とうに子供の頃の遊び相手のことなど忘れて、本来の王族として正しく生きている彼女が、まさか私のことを見つけ出すなどと思ってもいなかった。


 その夜、アリスが王宮から姿を消した。


 私がそのことを知ったのは本当に偶然で、宮中での番を終えて帰ろうとした矢先、慌ただしく駆け回り始めた近衛の兵の話を聞いたからだった。


 自惚(うぬぼ)れでなく、彼女は私に会いに行ったのだと確信した。身を翻し、あの約束の場所へと駆けた時には既に遅く、アリスの護衛と思しき屈強な男が路地裏で独り死んでいた。


「……必ず取り戻す」


 かつての私に気配さえ悟らせなかった男を殺す実力のある集団など、ましてや王女を(かどわ)かすなんて頭のネジが飛んだ悪事を働く者など、裏社会でも限られているのは分かっていた。考え得る限りの伝手(つて)を使い、敵のアジトへと乗り込んで、それからのことは良く覚えていない。


 悪魔が来た、と。


《セクト・イゾラ・ルーレ・クロディオ》

 ()じ切れよ。


《キナーレ》

 暴け。


《ピアッシモ》

 穿(うが)て。


《ディア・ディスタ》

 呪われよ。


 身体に負担がかかることも構わず、強い『言葉』を吐き散らし、気付いた時には血の海にいた。最期の断末魔が聞こえた時、部屋の隅で縛られ震えるアリスを見つけた。


《リベル》


 彼女の縄を解いて、もう安全だと分かっても、私は暫く動くことが出来なかった。こんなにも血に汚れきった身で、彼女の手を取り、名前を呼ぶことなど出来るはずもないと思った。


 視線が絡む。何より透明な蒼が、私を見つめる。


「ナサニエル」


 優しく力強い手が、血に(まみ)れた私を抱き寄せる。


「会いたかった」


 震える声で、怖かったはずなのに、それでも彼女は私を掻き抱いて名前を呼んでくれた。彼女がくれた、世界で何より大切な名前を。それ以上は、何もいらない。


「アリス」


 もう、抗うことなど出来るはずもなかった。


 赤い血の海の中、私達は抱き合って子供時代と決別するかのように泣いた。


 彼女のためならば、何であろうと捧げようと、そう思った。


 身も心も、魂さえも。すべて――




 *







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