06 大空をこいねがう ①
*
06 大空をこいねがう
早く大人になりたいと、願ったことがある。
それはきっと、こう言い換えるべきだった。
大切な人を守る力が欲しい、と。
*
空気はまだ冷たい。けれど肺まで凍りつくような寒さは去って、向こうにかき残した雪が少しずつとけてくるくらいには、お陽さまはあったかくなっていた。
「母さん、行ってくるよ」
いつもより少し早めの時間。ただ、思っていたよりもずっと早く雪かきが終わった僕は、午後中ずっと休みをもらってる。まあ、帰ってきたら母さんの手伝いをするつもりだけど。
「ユーリカかい。行っといで」
行き先も何もかも分かってる母さんは、何も言わずに優しく送り出してくれる。頷いて外に出ると、昨日今日でけっこう慣れたと思っていた太陽が、やっぱりまぶしく感じた。冬中ずっと家の中に閉じこもってるみたいなものだし、そうじゃなくたって滅多に顔を出してくれないんだ。
「良いよな、のんきに遊んでられるガキは」
ワクワクした気分が台なしだ。背中に突き刺さったトゲトゲした声に振り向くと、上から三番目の兄さん・タルグが僕を睨みつけるみたいな感じでこっちを見てた。またか……このやり取り何回目かな。
「僕は自分のやるべき事をもう済ませたから。それに、兄さんだってちょっと前までは遊び回ってたじゃないか。弟のマーノだって遊びざかりだ。順番って事だよ」
僕が淡々と言い返すと、兄さんは『あの』気持ち悪いものを見るみたいな目で僕を見た。兄さん達によれば、僕は『同じ腹から出てきたとは思えない変人』らしい。パッションとフィーリングで生きてる兄さん達にとって、論理的に言い返してくる子供っていうのが不気味でしかたないみたいだ。
まあ、この村じゃ畑を耕して家畜の世話をして一生を終えるのが普通だし、ちょっとくらい頭が回ったって大した役には立たない。だから、僕の方が『ヘン』だって言うのは言い分としては正しいんだろうって思ってる。
「また、あの塔に行くのか」
吐き捨てるみたいに言う言葉も何回聞いたか分かんないけど、ムシすると後が怖いからちゃんと返事はしておく。
「そうだよ、いつも通り。母さんの許可ももらってる」
僕の言葉にイヤそうに顔をしかめて、お前の何もかもが気に入らないって顔をする。いつからこうなっちゃったんだろう、と悲しく思う。大きくなった兄さん達はみんなこうだ。小さい時は、大人に言い返すユーリは凄いってほめてくれるのに、自分が大人になったら言い返される側だから。
僕も後少ししたらそういう『大人』になっちゃうのかと思うと、なんだか少しさびしい。子供のままでいたいと思ったことなんてないけど、それでも。
「薄気味悪いヤツら同士、お似合いだな」
お決まりの捨てゼリフに溜め息を吐きそうになりながら、僕は作り笑いを浮かべてヒラヒラ手を振った。
「そうかな。それじゃあ、行ってくるね……『お仕事』頑張って」
もちろん返事はない。完全に一方通行の、叩きつけるだけの言葉だ。会話ですらない。
(まあ、仕方ないよね)
いつものように言い聞かせて、気を取り直すとゆったり塔に向かって歩き出す。今日は時間も早いし、急ぐ必要もない。ちょっとささくれた気分のまま会いたくはないし、気分転換のためにものんびり行こう。それに、こんなお天気のいい日に、外を楽しまないなんてもったいないよ。
歩き始めた道の上では、まだそんなに踏み荒らされていない雪がキラキラと輝いていた。どこの家も、まだ自分の家の雪かきに必死で、こういう時ばっかりは子供の多い家で良かったと思う。ううん、兄さん達のことは好きなんだよ……それは本当だ。ただ、それを忘れてしまった方が楽なんじゃないかって、そんな風に思ってしまう自分がイヤなだけ。
もうすぐそこまで春は来ている。春になれば忙しくなって、夏からは大人に混じっての作業が多くなる。成人はまだだけど、何ていうか職人で言えば見習い期間みたいなものが始まる……つまりは『大人』の入り口に立つんだ。まだ自分の畑を持つワケじゃないし、やってる事は正直いまとあまり変わらないと思う。ただこうやって遊んでられるのも、本当に今だけなのかもしれないなって思いながら、精一杯この短い春までの時間を楽しむ事にしてる。
「今日はリアと何して遊ぼうかな」
気持ちを切り替えるために口に出して言ってみると、本当にウキウキした気分になってくる。村の子供の世話は本当に『仕事』か『お手伝い』って感じで好きじゃないけど、リアと遊ぶのは話が別だ。別に僕が何かして遊んであげるっていうのはほとんどなくて、リアが遊んでいるのを眺めていたり、誘われれば遊んでみたり、時には昼寝したりしてただ一緒に時間を過ごすだけの事の方が多い。
でも、僕にとってはそういう『何でもない時間』がとても心地良くて、気付けばよっぽど忙しくない限り毎日遊びに来ている。本当にまだ小さい子だから、変に気を張らなくていいし、何より村からちょっと離れている場所に住んでいるから、そこにいる時は何だか本当の僕でいられるような気がしてる。そう言うと、ちょっと大げさかな。ただ少なくとも、嫌われないようにしようって、縮こまって嘘を吐いてる時よりはずっと気楽だ。




