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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第5章―追憶の旅路―
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01 灼熱の都へ ⑤

 

「おや、随分と良い雰囲気じゃない?」


 塗り込めた夜闇には似合わない軽やかさで戻って来たライに、私は笑って場所を空けた。


「おかえり」

「ただいま、僕のお姫様。こいつに何かされてたらシバき倒すところだったけど、その必要はなさそうかな?」

「大丈夫だよ、良い人だった」


 私が言うと、ライはちょっと考えた後で頷いてユミルを振り返った。


「だってさ」

「ちょっと、勘弁してくださいよ。さっきも言われて、むず(がゆ)かったんだから」


 そう呟いて腕をさするユミルに、ライは笑いながら竪琴(たてごと)を引き寄せて、軽く爪弾(つまび)いた。焚き火の音だけがはぜていた闇夜を、鮮やかに彩る音色がこぼれて。


「ちょっと、無駄に野盗とか呼び寄せたらどうしてくれるんです」

「この近辺にはいないよ。それに、野盗ぐらいなら眠ってても返り討ちに出来る」


 (おご)るでもなく当然のことのように言い放ったライに、ユミルは深々と諦めたような溜め息を吐いた。私がライの肩に身を預ければ、そうこうしてる間に調弦を終えたと見えて、切なる調べが流れ出した。


(この曲……)


 かつて一度だけエルが弾いて聞かせてくれた、哀歌。


 まだ出発してから間もないのに、あの塔が温かな居場所だった頃のことを思い返して、なんだか鼻の奥がツンと痛くなった。


「リアは野生動物並みにカンが鋭いからね。君が『良い人』だって判断したなら、きっとユミルのちっぽけだけど内なる善性が見えたってことなんだ。(しゃく)(さわ)るけど」

「先輩、二言三言余計だと思いませんか」

「思わないね。お前には過ぎた評価だから」



 鼻で笑ったライは、ふと真面目な顔に戻ると低く柔らかな声で歌い始めた。



 遠く暮れなずむ丘の果て

 忘れられた街に夜を告げる鐘

 鳴り止まぬ音に耳を閉じ

 ひとり嘆きの森を駆けてゆく

 

 時のなぎさ取り残され

 星降る水辺 交わした約束

 呼び覚ませ彼方の記憶

 輝きよ 自由よ 名もなき過去よ

 

 風の声きこえるこの場所で

 愛しき鳥の帰りを待とう

 星の音がまた明日を告げる

 ヴァーレ・ラ・レムナント……



 そこまで歌い上げると、ライは私に竪琴を渡して続きを弾くように促した。あの冬から竪琴に触れていなかった指は硬く、上手く回らずに調子を(はず)す。


 それでも、懐かしくて楽しかった。ライが私のことをどれだけ気遣ってくれているのかが伝わって来て、胸の奥が温もりで満ちていくのを感じていた。


「へぇ、お嬢も多才なんですね。竪琴まで弾けるなんて」

「練習サボってたから、全然弾けなかったけど」


 指を曲げ伸ばししながら答えれば、ユミルが苦笑して私達を見た。


「そりゃ、お嬢が本職・吟遊詩人の男と比べてるからですよ。全く弾けないのと、ちゃんと音楽になってるってのは天と地の差があるんです。その年で良く弾ける方だと思いますよ」

「師匠が良いからね」

「……そりゃ間違いないんでしょうけど、先輩は黙っててくださいね。なんか腹立つんで」


 ユミルの頭をライが小突き、イテッという声と共にささやかな笑いが広がる。こんな風に続けていけたなら、きっと最高の旅になると確信できた。


 夜も更けて、そろそろ眠らなければならないのは分かっていたけれど、誰も寝ようとは言い出さなかった。最初の一日くらいは、こんな風に夜を明かすのも良いかもしれないと思いながら、私は(ふところ)からエルの手記を取り出した。


「それ、ネイトの……?」


 おそるおそる尋ねたライに、私は微笑んで頷いた。これを開くということは、彼の過去を暴くということだ。それでも私は、知りたかった。それに今なら、そこに何が書かれていようと、きっと穏やかな気持ちで受け止められると思ったから。


「エルって、さっきの話に出たご家族ですか」

「そう。私の……人間の世界で言うところの、父さん。世間では差別されてる『精霊の拾い子』である私を、一人でここまで育ててくれた」


 私の言葉に目を見開いたのはライで、ユミルの表情を窺うように言葉を落とした。


「リア、その話は」

「良いの、ユミルとは長く旅をするんだし……何よりライが信用してる人なんでしょ?」


 迷うように視線を彷徨(さまよ)わせたライは、やがて諦めて浅く息を吐いた。


「おい、ユミル」

「分かってますよ、こんな話……よっぽどのことがなけりゃ、陛下にだって報告しませんって。わざわざ先輩が大事にしてるお嬢の身を危険に晒すような情報を漏らして、こっちが刺されたら笑えませんからね」


 私も最近になって知ったことだけれど、貴族以外の魔力持ちというのは非常に少ないらしく、血縁者を持たない『精霊の拾い子』は(さら)われる危険があった。私の場合はフィニアス師が後ろ盾についているから話は別だけど、念のためだ。


「エルに何があったのか、私に何ができるのか知りたい」

「……その手記を読む権利があるとしたら、世界で君しかいないよ。今はね」


 エルの過去を知りながら、何も語らないライが優しい表情で告げた。


 私は頷いて、古びたページに手をかける――嗅ぎ慣れた薬草の香りが広がり、秘密を打ち明けるような風が耳をくすぐった。



 *







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