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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第5章―追憶の旅路―
255/277

01 灼熱の都へ ③


 *


 パチパチと、(たきぎ)の弾ける音だけが響いている。


 私は食事を終えて冷めた鉄板を魔法で洗い流し、スルリと元の鉄球に姿を戻すと、手持ち無沙汰な気持ちを抱えながら手巾(しゅきん)で鉄球を磨き始めた。たまにナイフをこうして拭いているライの姿を思い浮かべて、これじゃ格好がつかないなと思う。


 赤い()き火越しにチラリと視線を送れば、ユミルは相変わらずボンヤリと何を考えているのか分からない表情で虚空を見つめていた。今はライが辺りを見回ってくる、と言い残して去ってしまったから、彼と二人きりだ。


 なんだかんだ言いながら、私を置いて行っても大丈夫だと確信しているんだから、ライはユミルを信頼しているということなのだと思う。それでも彼との沈黙は、エルやライのそれと違ってどこまでも重かった。それはユミルと知り合ってまだ一日も経っていないから、なのかもしれないけれど。


《血の臭いがする》


 兄さんがそう告げながら、少し警戒している時の寝る姿勢になった。


《それは、前にライからするって言ってた……?》

《あれらは、同族だ。本来ならば、俺も信は置かない》


 それは裏返せば、今はライのことを信じてくれているということで。そのことに少しだけ嬉しくなった私は、思わず笑みをこぼした。



 ゆらり、と。

 焚き火の向こうで視線が持ち上がり、ふと息を飲む。チラチラと燃える炎を反射して、お互いの瞳の間で揺らぐ何かが浮き彫りになるようだった。


「……俺、警戒されてます?」

「少し」


 正直にそう告げれば、ユミルがフッと気配を緩めて笑うのが分かった。


「正しい判断だと思いますよ。見ず知らずの男に対して、そうやすやすと気を許すもんじゃありませんからね」

「そういうもの?」

「そういうもんでしょ」


 大真面目な顔で告げるユミルに、私は少しだけ気を緩めることにした。少なくとも悪い人ではないんだろうと、思ったから。


「ライと同じお仕事してるんですよね」


 その言葉を聞いたユミルは、少しだけ表情を(かた)くしながら首を傾げた。


「……お嬢は、俺たちの仕事についてどこまでご存知で?」

「何も……ただ、ライが危ない橋を渡ってるんだろうなって、ことだけ」


 ユミルは浅く息を吐いて、どこか安堵したように見えた。


「まあ、ただの吟遊詩人じゃないことだけは確かですね。あの人は、歌も演奏も本職より上手い化け物ですけど」


 私はライの他に吟遊詩人を知らないけれど、やっぱり上手いんだなと思う。教え方だって上手だった……今回の旅にも、私は竪琴を持って来れなかったけれど、ライはいつもと同じ出で立ちで竪琴だけを持って旅に出た。


「俺たちの仕事については、知らない方がお嬢の身のためですよ」

「でも、いつかは知ることになる」


 私の呟きに、ユミルは苦笑を浮かべて肩を(すく)めた。また少しの沈黙が落ちて、彼は言葉に迷うように焚き火を小枝でつついていた。


「お嬢は、怖くないですか」

「何が?」

「いつ死ぬかも分からない人に、恋をするのが」


 ユミルの真剣な問いかけに、私は目を瞬かせて首を(かし)げた。


「……恋?」

「ありゃ、違いましたか。すみません、俺の失言です……頼むから、忘れてください」


 焦ったように言うユミルの横顔に、初めて人間らしさのようなものが浮かんだ気がして、少しだけおかしくなる。


「どうして」

「どうしてって、そりゃあ先輩に殺されるからですよ。頼むから、忘れてください」


 真面目に頼みこまれて、私は笑いながら頷いた。


「代わりの質問と言っちゃなんですけど、お嬢と先輩はどういう関係なんです」

「家族だよ」


 迷いなく告げた私の答えに、ユミルは目を丸くして口を閉じた。それきり何か感慨深いような表情で黙ってしまった彼に、私は堪えきれずに問いかけた。


「どうしたの?」

「いや、あの人にも迷わず『家族』だって言い切ってくれる人がいるんだって思ったら、ちょっと感動しました。良かったなと、思って」


 ライにも『家族』と呼ぶべき人たちはいたはずなんだけど、と思いつつも私は静かに彼のそばで沈黙を守った。


「済みません、変なこと言いましたね」

「ううん。良い人だね、ユミル」


 私の言葉に目を見開いたユミルは、バツの悪そうな顔で目を背けた。


「俺のしている仕事を知ったら、間違ってもそんなことは言えませんよ。俺たちの手は、汚れきってるんで」

「仕事は関係ないんじゃないかな。いま私の目の前にいるユミルが、良い人だってことに」


 そう告げると、小さく息を飲んだ横顔が少しだけ歪んで。何かを噛みしめるような沈黙の後で、彼はへにゃりと笑ってみせた。


「そういうとこが、お嬢の魅力なのかもしれませんね。まだ出会って一日だってのに、この俺が(ほだ)されそうですもん。これは先輩が必死に通うわけだ」


 さっきまでより、ずっと柔らかな雰囲気になったユミルに、これが本来の彼の顔なのかもしれないと肩の力が抜けるのを感じた。


「いやね、本当はずっと心配だったんですよ。先輩を連れて旅に出るとか、どんだけの要人か、世間知らずのご令嬢かって。そしたら、こんなに小さいお嬢さんが出てきて、とんだマセガキかと思いきや……ことごとく期待を裏切ってくれますよ。良い意味でね」







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