01 灼熱の都へ
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01 灼熱の都へ
いつでも、帰り着く場所だと思っていた。
ただいまに、おかえりの、帰る場所。
ひとつ、ふたつと影は去っていく。
いつか本当の一人きりになる日が、きっと来る。
さよならの旅に、彼女は出た。
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何日か前に、メクトゥシが死んだ。
ずっと空で死にたいと言っていたけれど、地に伏して沢山の子ども達に看取られて息を引き取った。死に顔は安らかで、生きているみたいで、それでも冷たくて。
私に死を受け入れることを教えてくれた『母さん』が死んだことで、その死も受け入れることができるかと思った。けれど、日に日に森へと還る彼女を直視し続けることは、どうしても出来なかった。
全ての生き物は、死ねば森の仲間の血肉となり、虫に喰われて風にさらわれ、やがてまた森から生まれ出るための糧となる。それを知っているはずなのに、これまでに何度となく仲間の死も目にしてきたはずなのに、どうしても。
《私のためには、泣いてくれるなよ》
そう言って寄り添ってくれたオロケウも、老い始めていることは知っていた。いずれ群れの頭目を賭けた戦いに敗れ、命を落とす日が彼にも来るのだということも。
彼のためには泣かないと、約束することは出来なかった。
「……エル」
高く冷たい塔の最奥に隠された部屋、その底で物言わぬ黒水晶に頬を寄せる。
固く目を閉じて呼吸も止めてしまったその姿は、それでも生きているのだということを伝えて来るように脈打っているように見えて。
エルが石になってから、もう何ヶ月も経とうとしている。はじめのうちは、彼が目を覚ますまでは動けないと思っていた私も、幾日幾週と経つごとに立ち止まってはいられないと、そう思うようになった。
呼びかけても、手を伸ばしても返事のない姿に、本当の意味で独りになるとはどういうことなのかを知った。
ライやシアお姉ちゃんやフィニアス師が入れ替わり訪ねてくれたけれど、それでも心の真ん中に空いた穴を埋めることは出来なかった。どうしてこうなったのか分からなくて、分からないまま一人でご飯を作って、食べて、泣いた。
それを何度か繰り返すうちに、持ち帰った研究成果を紐解こうと思い立ち、エルが使っていた実験のための部屋と道具を借りて、その整頓された全てに身を浸してまた泣いた。引き出しの奥から、エルが書いたと思しき古い手記を見つけたのが収穫で、それはまだ読めていない。そうしてライを少しだけ延命させるための薬を作って、少しずつ身の回りを整えて。
ついに今日、私は旅に出る。今度こそ、いつ戻るか分からない旅に。
ひとつ、ライの呪いを解くこと。
ひとつ、ユーリの魂を解き放つこと。
口の中で旅の目的を呟いて、どちらも途方もなく困難なものになるとは分かっていた。それでも二人は私にとって大事な人で、諦めることなんて出来なくて。
ユーリには、まだ朝日が昇る前に別れを告げてきた。ただ、少しだけ大人になった私には、エマおばさんが言った『ここには何もない』という言葉を理解できるような気がした。
胸元の石を握り込んで、いつものように勇気を貰う。エルに背を向ける勇気を。一歩踏み出す、勇気を。
「……行ってきます」
かつてそう告げた時とは打って変わって、私の冷たい足音だけが響いた。
外に出るとロロ兄さんが待っていて、きっと泣きそうな顔をしていた私に鼻面を寄せてくれた。
《一緒に来てくれて、ありがとう》
額を合わせてそう告げれば、兄さんは尻尾を振って告げた。
《それが、群れの仲間だ》
その言葉が、その温もりが、今は何より心強かった。
「へぇ、本当にワーウルフが一緒なんすね」
不意に響いた声に、私達はハッとして身構えた。見れば頬に大きな傷を持つ男が、茫洋とした表情で立ち尽くしていた。
私と兄さんが、こんなにも近付かれるまで気付かなかったことに衝撃を受けていると、男の後ろから見慣れた姿が手を振りながら駆けて来た。
「おーい、リア! ごめんね……ちょっと、ユミル。うちのリアに何してくれた?」
「何って、挨拶……は、まだしてないっすね。ユミルです、よろしく」
胸に手を当てて挨拶を落とされ、思わず「レイリアです、よろしく」と普通に返してしまう。
「済みましたよ、挨拶」
「いや、そういうことじゃなくて……! 畜生、よりにもよってなんでこいつが……」
ガシガシと頭を掻くライにもどこ吹く風な表情であるユミルという人は、珍しくライのペースを乱す人のようだった。
「先輩が『旅に出ます、探さないでください』なんて、馬鹿みたいな置き手紙残すからでしょう。あれは陛下も黙っちゃいませんし、俺みたいなお目付け役がついても仕方ないと思いますけどねぇ」
「……そういうことです、ごめん。リア」
なんとなく事情の飲み込めた私は、ユミルさんに向かって首を傾げた。
「つまりは……ライのお友達、ってことですよね」
「そうなんですか、先輩」
ライは頭痛を堪えるような表情で、首を横に振って答えた。
「ただの同僚だよ。憎たらしいことに、腕は立つけど」
「なら良いんじゃないかな、二人より三人の方が安全だろうし」
私が言うと、ライは不服そうな表情で呟いた。
「リアのことは、僕だけで護れるのに」
「私のことは護ってくれても、ライはライ自身のことを護ってくれないから」




