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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第5章―追憶の旅路―
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00 序

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 透き通る水の翼を持つ鳥が、高く冷たい塔を寂し気な鳴き声を残して飛び立った。


 その約束を知るのはただ二人――魔術によって編まれた意志に従い、鳥はひとところに留まることなく遊び、それでもただ西へ西へと飛び続ける。


 (きら)めく水の都。熱砂に輝く宝石の街。


 咲き乱れる花を越えれば、長く不毛な土地が広がる。


 ――試練の地。


 古来より巡礼の道として知られる、厳しく果てないその地にも、されど花は咲いていた。舞い降りる鳥の姿に驚いたかのように、砂と同じ灰色のトカゲがどこかへと走り去って行く。


 トカゲが息を吐いて隠れた日干しレンガの家から、水瓶(みずがめ)を抱えた少女が歩み出て行く。これも砂の色と同じ布で口元を覆い、サンダルの足音は砂に吸われて消えてしまう。どこか儚い雰囲気をまとった少女が目指す先に、井戸はない。水のないところから、水を得て生きている。これも『灰の民』と呼ばれる彼らの、数多い不思議の一つであった。


 やがて女達が満ち足りずともその日の水を得て戻ると、小さな家々の中から男や老人達が現れ、その日の恵みを感謝すべく地に頭を(こす)り付ける。彼らの視線と祈りは、どこまでも真っ直ぐにアドラ山脈を目指していた。


 日が昇り始める頃合いになっても、その地に燦々(さんさん)とした陽が差すことはなく、ただ少しの雨と曇天だけが世界を支配していた。何かの呪いのように消えることのない雲の下でも、人々は力強く生き抜いている。侵されることのない、静謐(せいひつ)さを保って。


 再び飛び立った鳥を指し、誰かが何かを呟いた。空を楽し気に舞うそれを、誰一人弓に矢をつがえることなく、ただ見ていた――何かを(こいねが)うかのように。


 鳥は大陸を隔てる長大なウル川を越え、その果ての森を指してどこまでも飛んで行くかのように見えた。


 その鳥を見上げる者達が、ここにも二人。


 目も覚めるような青い布を身にまとい、白砂の世界を行く巡礼者達。この試練の地を生きる『灰の民』にとって貴重な収入源となるであろう彼らは、どこか他の巡礼者とは異なる意志を瞳の奥に秘め、粛々とアートゥルム教国へと続く道なき道を歩んでいた。


「若……?」


 立ち止まった若い男の方を、年老いた総白髪(そうしらが)の男が振り返る。


 若い男の方はと言えば、布にも負けぬほど深い蒼の髪を揺らし、水底を映し出したような瞳で真白い曇り空を振り仰いでいた。


 その白磁の肌に一筋の涙が流れ落ち、老齢の男は動揺を見せる。忠実な従者である男は、彼のそのような弱い横顔を数えるほどしか目にしたことがなかった。


「……若」

「……懐かしい力を、感じた気がした」


 ポツリと落とされた言葉が、雫のように不毛の地へと吸い込まれていく。


「ずっと昔、知っていたような……あの鳥に、感じた」


 老齢の男はどう応えるのが正解か分からないように目を伏せ、やがて困ったような表情で問いかけた。


「……生け捕りますか」


 その言葉に若い男は目を見開き、それから久方ぶりの笑みを浮かべた。長生きで聡明ながらも、時折こうして情緒を解さないところのある従者のことを、男は嫌いではなかった。


 ただ、たまに……本当に少しだけ、寂しいと思うだけで。


「馬鹿を言え。鳥は飛んでいるからこそ、俺達は憧れるんだろう……それが美しいということだ」

「憧れ、ですか」


 鳥を、ただただ自然の一部としか思っていない老齢の従者に、男はまた苦笑して歩き始める。


「行こう。次の宿に着けば、スケルツォを借りられる」


 無言でそれに付き従う老齢の男は、男のどこか遠くを見据えた横顔を見咎(みとが)め、いつものように忠言を落とした。


「若、今回の旅の目的をお忘れなきよう」

「……分かっている。それでも夢を見るくらいは、良いだろう」


 想像通りのことを考えていたらしい主の応えに、従者は浅く息を吐いて首を横に振った。


「まだ生きていると、本気で思われているのですか」

「お前こそ、家族が生きていると考えることはないのか」


 その問いかけに、一瞬だけ獰猛(どうもう)な感情を剥き出しにした従者の姿に、男は小さく息を呑んで顔を背けた。しかし老齢の男はすぐに落ち着きを取り戻し、元の感情を読み取れない無表情へと戻った。


「私の家族は、先の戦で死に絶えました。私の目の前で、殺されました」

「……済まない、そうだったな。言ってはいけないことを言った」


 素直に頭を下げた主に、老齢の従者は首を横に振って静かに告げた。


「いえ、私こそ出過ぎた口を利きました」


 互いを少しずつ傷付けあった男達は、しかしこうして傷付け合うのは初めてのことではなかった。いつも二人でいる彼らは、時折こんな風に過去の傷を抉り出して眺めてみるという奇妙な儀式を繰り返していた。


 彼らは恐れていた……『あの日』失ったものを、忘れてしまうことをこそ。


「……俺は、忘れない。俺だけは、あの子のことを忘れない」


 呟く主の言葉を、今度こそ従者は無言で肯定した。


 あの日失った全てを共有するように、二人は肩を並べて砂を踏みしめた。




 男は空を仰ぐ。この真白い世界に道標(みちしるべ)を探すように。


 どこまでも続く試練の旅路を、越えて――




 *







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