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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
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幕間 ガルシア・リヴローの告白

 ガルシア・リヴローの告白



 幸せな花嫁になることが、昔からの夢だった。



 柔らかなベールの向こうにある、春そのもののような笑み。

 バージンロードを一歩ずつ進み、運命の相手の元へと辿り着くまでの時間。

 華やかで(けが)れない純白のドレスと、それに寄り添う凛としたタキシードの背中。

 これから共に歩んで行くのだと、神と己に誓う二人の立ち姿が、好きだった。



 ここ、エルディネの王都・アグナスティアに(そび)える大聖堂では、王族や貴族の中でも高い身分の者しか婚礼の儀を挙げることが許されていない。


 故に一際(ひときわ)華やかで盛大でありながらも、花嫁の笑顔の裏には必ずしも幸福があるわけではないのだと、彼らの警護の任に()くようになって知った。


 それでも幼い頃から屋敷を出れば、荘厳な鐘の音と共に階段を上る花嫁の姿が見えて、憧れはどれだけ胸に秘めても絶えることはなかった。




 名高き武門に生まれ、歩くよりも先に木剣を握らされたと言う私が、そんな夢を抱いていると聞けば誰もが耳を疑うか失笑することだろう。


 自分を見下ろせば、年季の入った騎士服に磨き上げられた軍靴、手は豆が何度も潰れては()えてゴツゴツと骨ばった、およそ女性らしくないものだ。


 そもそも母を早くに亡くした私には、(ちまた)に言う『女性らしさ』というものが分からなかった。母のあるなしは言い訳にしかならないかもしれないが、貴族の女性の警護には幾度となく就いて来たし、彼女らの振る舞いならば知っているものの、それが自分のこととなると自分のこととは思えない。


 物心ついた時から父と兄達に鍛えられ、剣の道に生きて来た。リヴロー家の者として誇り高くあれ、と……それを窮屈に感じたことはないし、彼らの期待に応えたいと心の底から思う。故にこそ今、私は第一騎士団の副長などという大層な地位に収まっているのだろう。


 ありがたいこと、と言うべきなのか縁談は絶えなかった。それでも断り続けることで許されて来たのは、こうして結果を残して来たからなのだと分かっている。


(それももう、限界か……)


 私が武の道に励みたいと言えば喜んでくれた父や兄も、今となっては渋い顔をするばかり。私の年齢を考えれば当然で、とうの昔に私は『売れ残り』となって陰口を叩かれていた。


 それでも、私はただ一つの夢を叶えたかった。

 それこそが、私に残された唯一の『女性らしさ』だと、自分でも分かっていたから。


「ネイト……」


 胸に秘めた名前を、そっと呟く。それだけで心の臓が痛いほどに軋み、甘い(うず)きを連れて来る。優しい絶望と、共に。




 私がネイト……ナサニエル・ギルフォードと出会ったのは、彼が近衛に配属されて間もない頃のことだった。


 あの頃はまだ、人目を気にして朝早く人の少ない時間に鍛錬をしていた私は、いつものように訓練場を訪れ……そこで、獣を見た。


 ぶわり、と。

 一陣の風と共に、空を裂く刃が確かに『誰か』を斬った。何もない場所に血飛沫(ちしぶき)と断末魔が響き、(ひるがえ)される身は新たな敵影を求めて緊張を(みなぎ)らせていた。


 剣戟の音が、聞こえていた。

 細く(しな)やかな獣が戦場を、路地を、森の中を駆け、目には見えない敵を確実に(ほふ)るのが見えた。殺すための剣が、そこにはあった。


(……私達『騎士』の剣と、まるで違う)


 そのことを、気持ち悪いとは思わなかった。むしろ私は、これまでになく見惚(みほ)れていた。一目惚れと言っても、良かったのかもしれない。


 初陣を経て血に(まみ)れた私は、それまでただ崇高な理想と共に追い求めて来た剣の道が、所詮は人を殺すためのものだったことに気付き、どれだけ自分が汚れているのかを知ったばかりだったように思う。


 己を、恥じた。ただ無邪気に剣を振るって来た己を、綺麗事を並べながらも戦場では迷いなく剣を振るうことが出来た己を、理想のために人を殺した己を恥じた。


 それなのに、目の前の剣はただひたすらに美しかった。かつての私とはまた違う、迷いのない荒削りな剣だった。磨けば光るのだろうが、磨くのは惜しいと思えるほどに。


 生きるために、殺す。何の言い訳もなく立つ背中が、どうしてかあの日に見た花婿の背中と重なって見えた。


「……済まない、朝ならば誰もいないかと」


 気付けば剣を下ろした少年は、まだぎこちない騎士礼を取っていた。


「いや、私こそ不躾(ぶしつけ)に見てしまって……良ければ、手合わせ願えないか?」


 思わず零れた、まだ見ぬ世界への好奇に満ちた呼びかけに、彼は小さく目を見開いて野性的な笑みを浮かべた。


「喜んで」




 きっと、あの日から恋をしていた。




 その頃には既に相手になる者など数えるほどしかいなかった私に、新しい鍛錬の相手が出来て。互いに『シア』と『ネイト』と呼ぶような間柄になって、そこに幼馴染のライナスが加わって三人になって。それで良いと、何も変わらないままでと思っていた。


 それがどれだけ、現実から目を背けた愚かな願いなのかも知っていた。


 ネイトの剣が殺すための剣から、少しずつ護るための剣になって行くのを、誰よりも近くで見ていた。それが誰のために捧げられた剣なのか、何のために彼が近衛になったのか、その頃には彼の背負ったものも少しは知るようになって。




(それでも、この心は既に捧げてしまったから――)




 更け行く、眠れない夜。友と語らうために冷たい部屋を出る……この想いを、胸に秘めて。




 *







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