05 祈る者 ⑤
『……左腕があれば、何年生きられる』
『少なくとも、何も出来ないで死ぬって事はないかな』
僕の言葉を聞いて少し考え込んだ後に、ネイトは言った。
『人間としての尊厳を捨てる事になっても、生きたいか?』
とうの昔にそんなものは捨てていたけど、効くかどうかも分からない延命措置までして生きる必要があるとは思わなかった。ただ、ネイトがそう言うからにはそれなりの覚悟と算段があると言う事で、そして今この瞬間ネイトは僕の命を拾い上げようと決めたと言う事なのであって。だから、他でもないこの男のためにだけ、あともう少しだけ生きてみようと……そう、思った。
僕が頷いた一月後にはこの腕は出来上がっていて、何でも錬金術でしか生み出せないらしい希少な金属であるミスリルだけを用いて、僕の本物の左腕を鋳型にして作られた完全特注品は明らかに僕には分不相応な代物だった。本物の左腕か、それ以上に僕の意のままに動く金属の腕は、きっと時代を一つか二つは先を行くもので、それだけにネイトの『本気度』を窺わせた。そして僕も、死ぬ覚悟じゃなくて、生きる覚悟を決めた。
自分の魂が宿る身体の一部を切り離して、機関に変えてでも生にしがみつこうなんて馬鹿な考えと、それを実行に移せるだけの悪運を持ってるヤツは、この広い世界を探しても僕くらいのものに違いない。それなら生きられるだけ足掻いてやろうじゃないか、と。
ただ、腕の事を抜きにしても、それからの『延命措置』は何もかもネイトに任せっきりになってしまったのが忸怩たる所だけどね。それでもとうの昔に死んでいたはずの僕はまだ生きていて、残念ながらまだ雑用係としてくらいにしか役に立ててはいないけど、今日もネイトが元気に生きている事だけは確認出来ている。
リアと出会ってからのネイトは、表情が少しだけ豊かになったし、どこか生き方に余裕みたいなものが出来たような気がする。少し前まで、僕とはちょっと違う方向性で生き急いでるみたいな感じがしてたんだけど。リアがネイトにとって『新しい』生きる理由になるって言うなら、僕は命を賭けて彼女を守る……まあ、世界最強の父親が付いていれば、そんな必要もないと思うけど。
君は今、幸せなんだろうか。
何より僕にとっては大切な事のはずなのに、口に出して言うには僕らの関係に相応しくないように思えて、いつだって喉の奥でその問いは掻き消えていく。何より、そう言う事って口にしたら逃げて行ってしまうみたいな感じがして、ちょっと怖い。
(幸せ、か……)
良く分からないものだからこそ、得体の知れない感じがして怖いのかもしれない。自分にはずっと、縁のないものだと思って生きてきたから。ただ……
(こうしている時間は、好きだと思ってる)
器用な指先が何かを生み出す場面に立ち会って、そこに言葉はないけれど決して息苦しくはない空間。誰の声も届かない、世界の事なんて忘れていられる魔法使いの庭。
幸せについて、考えられる時間。
「ネイト」
「……何だ」
「ありがとう」
僕がそう告げると、今まで流暢に動かしていた手が初めて止まった。言ってしまってから、これってタイミングが不謹慎だったかなと思う。思うけど、ちょっと気付くのが遅かった。ネイトは少し黙り込んだ後に、また作業に戻りながらポツリと呟いた。
「……お前に死なれては困る」
その一言が、いつでも僕を繋ぎ止めて来た。だから生きようと、思っている。いつだってネイトはあれこれとその言葉に理由を付けようとするけど、どんな理由だって僕が生きる事を望んでくれると言うだけで、どれほど価値のある言葉なのかを君は知らない。
知らなくて、いい。知ってしまったら、きっと君は本当の意味で僕の命を握っているのだと言う事実に、痛みを感じてしまうのだろうから。
「お前が居なくなれば、誰が我が家の家計を支える。魔法薬を適正価格で買い取れる程、金回りも金払いも良い客など、この辺境には存在しない……そうだろう、私専属の行商人」
「はいはい」
今日も今日とて、僕の内心考えてる事も知らずにいつもの『言い訳』を始めるネイトに、僕は『仕方ないなあ』と言う笑顔を浮かべて頷いておく。
「これが終われば、まずは掃除だ。それから今回の売却品の品定めをしておけ。後は……リアと遊んでいればいい。あれは、何だかんだでお前の事を気に入っている」
「それは張り切っちゃうね」
僕が珍しくやる気を見せると、ネイトは呆れたように溜め息を吐いて、こちらにスッと手を伸ばした。僕の目に労るような指先が触れて、ひんやりとした彼の手の感覚に、知らず入っていた肩の力が抜けるような気がした。
「少し眠れ。お前が起きていると、騒がしくて敵わん」
「……そうさせてもらうよ。今回は思ってた以上に長い旅だったし」
素直に目を閉じると、あっと言う間に眠気が忍び寄って来る。後少しで眠ってしまいそうだと思った時、不意にネイトが思い出したように口を開いた。
「そう言えば、ライ」
「ん……?」
「お前、起きたらまずは髭を剃れ」
「へ?」
思わず目を開けると、ネイトが珍しくニヤリとした笑みを浮かべて言い放つ。
「オッサンくさいぞ」
思わず、吹いた。
「それは、リアに嫌われちゃうなぁ……」
僕が笑いながらボヤくと、ネイトの微かな笑い声が耳に届いた。
ささやかに、心底どうでもいい事で笑い合う。ああ、なんかいま、凄く幸せだと。
そんな事を思いながら、まどろみの中に落ちて行った。
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