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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
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03 たどり着けない場所 ③

 

 そんなこと、言うつもりはなかった。引き止めるつもりだってなくて、大人ぶって『また会えるから』と彼女の旅路を見送るはずだった。それなのに。


(僕は、悔しいのか)


 毎日同じ部屋で寝起きして、朝から晩まで研究漬けではあったけれど、僕達は間違いなく誰よりも近くで心が触れ合っていると思ってた。同じものを見て、ときに笑い合って、くだらない喧嘩もして。とめどない、どうってことない思い出が(あふ)れてやまない。


 それなのに、迷いなく僕の手を(ほど)いて違う男の元へと駆けて行く彼女に、どうしようもなく醜い嫉妬が……本音が、零れ落ちた。


 だって、こんなにも


「好きなんだ」


 きょとんとしたように目を見開くリアに、僕は覚悟を決めて顔をあげた。


「お前のことが、好きだ」

「えっと……私もシエロのこと、大好きだよ?」


 まさか自分が(ちまた)の安い芝居小屋でかかっていそうな、不器用な男女のやり取りなんてものをすることになるとは思わなかった。頭痛を覚えながら首を横に振り、気を取り直して彼女に向き直る。既に心は折れそうだけれど。


「僕の『好き』は、お前の『好き』とは違う」


 意味が分からないとでも言うように難しい表情を浮かべたリアは、少し考えた後で(またた)きと共に口を開いた。


「じゃあ……シエロの言う『好き』って、どんなもの?」

「それ、は」


 決まってる、と言いかけて口を(つぐ)む。明確に言葉にしようとすれば、それがどれだけ難しいことなのかを思い知らされた。頭を駆け巡る恥も外聞もない本音の中から、比較的まともな言葉を(すく)って口にする。


「……お前に触れたい」

「うん」


 不意に包まれた指先の温もりに、思わずビクリと身体が跳ねた。僕が抱えているのはきっと、こんな風に綺麗で暖かな想いじゃないと知りながら、それでも必死に言葉を探す。


「抱き締めたい」

「うん」


 僕の手を包んでいたそれがスルリと離れて、次の瞬間には彼女の腕の中にいた。そうして惜しげなく与えられる温もりを、どうしようもなく(いと)しいと思うのに……思っているはずなのに、心の底から泣きたい気分だった。


「違う」


 喉奥から声を絞り出し、そっと彼女を突き放す。目を見開くリアに、答えは既に出ていると理解しながらも確かめずにはいられなかった。


「ずっと、一緒にいたい。僕だけのものになって欲しい……一緒に、来てくれ」


 それが僕の、今の僕に言える精一杯のことだった。かつてリアを汚すことも出来ないとシドニアを(わら)った僕は、もうどこにもいなかった。あの時はきっと、本当に大切なものを知らなかったのだと、こんな時になって理解させられて何だか可笑(おか)しかった。


 リアは何度か目を瞬かせると、意志を固めたように表情を改めた。それが、彼女の答えだった。


「――ごめん、それは出来ない」


 知っていた。分かっていた。


「私には、帰りたい場所があるから」

「やるべきことも、でしょ……ごめん、無理言った。気を付けて帰っ」

「でも!」


 不意に強い言葉と共に、ぐいと手を引き寄せられて目を見開く。次の瞬間には鼻先が触れそうな……口付けさえ出来そうなほど近くにリアの顔があって。


 こつり、と。

 燃えるように熱い額が、僕の額に重なる。その熱に、胸がいっぱいになった。


「私の『好き』は、確かにシエロのと違うのかもしれない……でも、こんなにも大事に思ってるから。困ったときに呼んでくれたら、いつでも飛んで行く――約束」


 小指を絡めて囁かれた言葉に、確かな魔力がこもる。古の(ちぎ)り……決して破ることはないと、誰より大切な相手と結ぶ魔法契約。


 こんなにも想いの()もった約束を渡されて、これ以上の駄々をこねるなんて真似は出来なかった。スルリと小指を解いたリアが、僕の好きな……あの大輪の花のような笑みを咲かせて背を向けた。


「またね、シエロ!」


 迷いなく駆けて行く背中に、指先を伸ばしかけて、止めた。


 やがてその隣へ寄り添うようにダイアウルフの吠え声が重なり、羽ばたきの音と共にワタリガラスが舞い降りる。森の奥へと三つの影が溶けて、全てが幻だったかのように静けさが戻って来る。


 指先を握り込めば、まだ温もりが残っているような気がした。それでももう、本当に彼女は行ってしまったのだと突きつけられるだけだった。優しい約束だけを、残して。


「っく、あぁ……」


 頬を、生暖かい雫が伝う。


 本当に、生まれてはじめて本気で好きになったのだと、今更になって気付いた。王家の鎖からは逃れられないと分かっていても、それでも手を伸ばしたくなるほどに。そうして僕なりの覚悟を持って差し出したと思った心は、自分でも分かるほどに幼く醜かった。


「分かってる……分かって、る……」


 きっと僕の差し出した心の、半分もリアは理解していなかった。それでも、突きつけられた拒絶は本物だった。彼女の『やるべきこと』と『大切な人』に、僕は天秤(てんびん)にかけるまでもなく勝つことは出来なかった。


 こんなのは勝ち負けの問題じゃないのに、そんなのは愛じゃないと分かっているのに、それでもこんなにも寂しくて仕方がなかった。



「……帰ろう」



 城に、僕のいるべき場所に。あの冷たく、誰も僕を待ってなどくれない世界に。


 この約束だけを、抱き締めて――いつか会える、その日まで。



「好きだよ、リア――」







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