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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
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03 たどり着けない場所 ②


 僕がそう告げれば、リアは目を(またた)かせて花のように笑った。


「……うん! あ、食べて食べて?」

「ああ、頂くよ」


 前までだったら考えられなかった、朝から肉を食べるなんて生活。僕の場合は庶民と違って贅沢(ぜいたく)だからという理由より、胃もたれしそうだからって理由だったけれど、今やリアが狩って来た新鮮な肉を口にするのに慣れてしまって、時間の経った塩漬け肉に戻れる気がしない。彼女といて一番変わったところは、口が肥えすぎたことかもしれない。


 まあ、そんなのは自分の気持ちを誤魔化(ごまか)すための冗談で、本当は彼女が僕の何もかもを変えてしまったことを、とうの僕自身が一番よく分かってる。かつての僕は自分の殻に閉じこもって、ただひたすらに復讐(ふくしゅう)のことばかり考えてた。だから、残るたった一人の家族も……大切な兄上も、笑ってくれなくなってしまったのかもしれない。


(……生きよう、前を向いて)


 この脈打つ心臓は、この命は、リアに掬われたものだ。だからなのかもしれない……今度こそ、ちゃんと生きようと思えたのは。


 彼女に気付かれないよう浅く息を吐いて、さり気なく部屋の中を見回す。大して物を持っている印象のなかったリアだけど、立てかけてあった弓矢だとか、ささやかな調理道具とか、散らばった羊皮紙が荷造りされただけで部屋の中はガランとして見えた。


 今日、彼女は()つ。


「もう、行くの」


 もぐもぐと良い食べっぷりで朝食を詰め込んだリアは、ごくんと飲み込んで首を傾げた。


「んー……ライが迎えに来たら、だけど。ああ見えて過保護だから、すっごく早く来ちゃうかも……」


 時折、ライナス・ブラッドフォードが彼女の言う『ライ』と同一人物なのか、本当に疑わしい時があるなと思いながら、このところのことを思い返す。


 リアが家族のように慕い、彼女がこの学院都市に来た理由である男。彼の持つ病を治す(すべ)を『真実の書』から手にしたらしいリアは、前までとは違う性急さで研究を進めていた。あの試練のお陰で無事に上がった位階では、これまでとは比べ物にならない危険度の禁書を備えた書庫が解放されたけれど、そこの書物もあらかた読み倒す勢いだった。


『薬だけじゃ、ライは助からないって分かったから』


 そう呟きながら、大陸の不完全な地図を睨みつけた姿を良く覚えている。どちらかと言えば良い意味で騒がしい部類だった彼女が、すっかり落ち着いて黙々と研究に勤しむ様を見ると、女性が成長するのはあっと言う間だという言葉は本当だと実感する。


「研究に、目処(めど)はつきそうなんでしょ」

「うん、後は塔……家にある書物の方が、薬学に関しては詳しいと思うから。陣の方面と薬物の方面、双方向から追ってみるつもり。完成は近いよ」


 力強く頷くリアに、彼女は本当にここを去るのだと、今更のように実感が湧いた。


(本当……いまさら)


 食事を終えてほとんど戦力にはならないものの、彼女の周囲をウロチョロしながら片付けを手伝う。それさえ終えて座ってしまえば、どこか落ち着かない沈黙が僕達を包んだ。何か言うべきことは沢山あるはずなのに、全てが喉につかえて。言葉の代わりに、これまでの記憶がとめどなく脳裏を巡る。


 本当に、長いようで短い時間だった。これからの人生のことを考えたら、瞬くような間のことであるはずだけど、この場所でリアと……それからシドニアと、良き師と出会って、学ぶこともただの通過点じゃなくて楽しむものになって。楽しんでも、感じるのは罪悪感だけでは次第になくなって。

 周囲から白い目を向けられながら、何度くじけても立ち上がって前を向くリアに、いつしか僕も救われていた。いつの間にか目が離せなくなって、そして。


《ピュィィイイ……》


 鳥の声を思わせる指笛に、リアが目を見開いて立ち上がる。


「ライだ」


 確信めいて(はず)んだ声で呟いたリアは、僕が何かを言う間もなくまとめてあった荷物をつかむと、開いていた窓から飛び出した。慌てて立ち上がる僕の視界に、柔らかな白い髪がなびく後ろ姿だけが、朝日に輝いて映り込む。


 あの日のように、窓からやって来たお前は窓から飛び立って行く……僕はまた、それを眺めているだけなのか?


「……違う」


 なんとかして窓枠まで辿り着き、手をかける。

 僕にだって翼はあったのだと、今なら知っているから。



(行け――)



 飛び降りる僕を、振り返るリアが目を丸くして見つめている。そんな彼女の反応を見て、腹の底から笑えるくらいにおかしかった。

 なんだ、お前を振り向かせるのって、こんなに簡単なことだったのか。



「シエロッ?」



 ふわりと風で優雅に着地、とは上手く行かずにドサリと不格好に落ちた僕に、リアが慌てて駆け寄る。魔法のお陰で怪我一つないけれど、早くも飛び降りたことを後悔し始めるあたり、僕もまだまだ軟弱者だ。


 それでも今なら、手が届く。



「リア」



 さあ、行けと……またどこかでと、笑顔で見送る。それで良いと決めていた、はずなのに。

 指先を伸ばして、その手を取って。だから、欲が出た。



「行くな――」







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