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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
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02 地下大空洞の試練 ㊹

 

「なん、で……?」


 思わずこぼれた声に、頭の中のどこか冷静な部分がシエロの言葉をなぞりながら、私達が眠れる都市を目覚めさせたせいだと思った。私達はこの場所においてどこまでも異物で、彼らはそれを排除するための意志なき守護者なのだと分かっていた。


 それでも。


「どうして」


 私が攻撃を弾き飛ばしたはずのゴーレムは、何事もなかったかのように体勢を立て直し、既に無抵抗のシエロに再び照準を定めていた。


 私達が何をしたって言うんだろう。永い眠りを妨げたことは、死をもって償わなければならないほどに重い罪だろうか。


(……絶対に、そんなことはありえない)


 あんなにも冷たくて、寂しくて、何も残らないもの。そんな罰を与えられても良い罪なんて、この世のどこにもあるはずなんてない。


 それでも誰かを手に掛けるなら、その死を背負っていかなくちゃ、駄目なんだ。


 それがきっと、この世界で生きるということで……なのに。


(こんなのは、おかしい)


 きっと彼らは私達を「排除した」ことなんて忘れてしまって、すぐに元の役目に戻るんだろう。私達の死を背負ってくれる人は、誰もいない。そこには何の意味もない。


 そんなのは、そんな結末は


「ゆるせない」


 喉奥から、自分のものとは思えないような低い声がこぼれ落ちた。


 世界は残酷な現実を、あまりにもゆっくりと映し出していた。余計な思考が一つずつ剥がれ落ちて行って、自分の中に眠る『何か』の()()を初めて手にしたような気がした。


 いつも近くに感じていた、きっと無意識に借り受けていた世界の力を感じる。明確な意志をもって呼び寄せたそれが、私の声に応える。


(これでいい)


 本当に良いのかと……踏み出す覚悟がお前にあるのかと、誰かの問う声が聞こえる。気付けば視界の隅で『真実の書』が光り輝いていて、私の選択を見守るように沈黙していた。


 もう、決めたから。私に何があろうと、今度こそ大切な人は絶対に護るから。


「書き加えてやる……世界に、新しい運命を――!」


 最後の魔法と覚悟した『言葉』を紡いで。


 そして、儀仗を掲げた――




 *




 男はただ、見ていた。


 西の彼方に(そび)え立った光の柱は、ものの数秒で消えたものの、もはや懐かしいようにすら思われる魔力に満ちていた。


 ただ、いつもその光に相応しく暖かなはずの魔力は、悲嘆と怒りに満ちて荒々しく冷たかった。娘が死地に立っているのだと分かりながら、駆けつけるという選択肢すら持たない己をもはや不甲斐(ふがい)ないと思う力もなかった。


 己の中に巣食う呪いが、感情の揺らぎに呼応して再び侵食を始めた。慣れ切った痛みと誘惑に、改めて爪を立てながら目を閉じる。


 あの鮮烈な光に無事を祈りながらも、ただただ恋しかった。


 温もりを抱き留めて、頑張ったなと、よく帰ったと……ただそれだけを伝えることを、夢見て男は眠る。冷えた心の臓を、抱き締めて。




 *




 建物が倒壊しそうな揺れの中、目を()く光の柱が世界を貫く様を確かに師は目にした。


 濃密な魔力の奔流に当てられ、誰もが崩折(くずお)れながらも新たな『魔法使い』の誕生を寿ぎ、畏れ、(おのの)く中で、彼だけが静かに(たたず)んでいた。


 こうなることを知っていただろう、それでいて何も言わずに送り出した『もう一人』のことを思い、怒りに焼き切れた頭の芯から指先の血が抜けていくような気がして。


 襲い来るかつての後悔と、彼らを同一視してはならないと言い聞かせながらも、どうして行かせてしまったのかと己を責める。


 きっと帰り来る弟子達の無事を祈りながら、帰還の後に彼らを待ち受けるだろう運命を思い、ただ静かに息を吐いた。




 *




 言葉もなく早馬を駆けさせる最中、彼らの(いなな)きと共に『その時』の訪れを知った。


 短い旅を共にした同行者が目を見開きながらも、何が起きているのかを理解できない様を眺めながら、何も言わない己を人は冷たいと言うのだろうかと思う。


 彼の大切な者が、いま目覚めようとしている……死地にありながら。それが回り回れば己のためなのだと知ったら、彼はどんな顔をするのだろうかと。


 この男の抱えた事情に関してはともかく、彼女がこの世界で生き残るためには必要なことだった。それに関しては馬鹿弟子も了承した。だから何も問題はないはずだった。


 それなのに、何が己の胸をざわめかせるのだろうと。


 これまでに感じたことのない『感情』に首を(かし)げながら、白銀の髪を(ひるがえ)し馬を駆る。一刻も早く、国へと還るために。この心の在り処を、無意識のうちに求めながら。




 *




 王はひたすらに黙していた。


 西の方角で立った光柱に、またかの魔法使いが新たな戦功をあげたのだと喜びの声があがる。それでも王と一部の側近は、西の戦役には既にカタがついて新たな条約の締結を待つのみだということ、そしてフィニアスは既に別の任で遠方にいることを知っていた。


 術師達に目をやれば、明らかにフィニアスのものとは異なる魔力が(ほとばし)ったことに、恐れ慄いて密やかに言葉を交わしている。何か悪しき予兆があれば、まだこの国にというよりも王自身に義理を果たしてくれている、かの男が知らせてくれただろうと王は静かに思った。


 ただ、と。

 一つ懸念があるとすれば、フィニアスが近頃『変わって来た』こと。塔の魔法使いにのみ心を砕き、他の何にも執着を見せることがなかった彼が、どこか人間らしくなってきた。それは喜ぶべきことなのかもしれないが、彼の優先順位が変わることに密かな危惧を覚えていた。


 この新たな『力』の誕生は、寿(ことほ)ぐべきか、危ぶむべきか。


 表情一つ変えることなく、王はその身を翻した。学院へと早馬を走らせるために。




 *








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