02 地下大空洞の試練 ㊸
最初の一歩を踏み出した瞬間、ひりつくような熱を感じた。
本当に温度が高いというよりも、死地に踏み込んだ時に駆け抜ける危機感が、肌の上を焼いていく感覚。森の中で自分よりも強大な相手、熊とか大鹿とか……彼らを一人で相手にした時よりも、ずっと異質で重い圧を感じる。
(それでも今は、背中を預けられる人がいる)
だから、これは孤独な戦いではなくて――群れでの『狩り』だ。
地面を蹴って駆け出せば、動きを止めてずっと溜めていた力を吐き出すかのように、ゴーレムが私を目指して例の光線を放って来る。
「ハッ……!」
腰元を狙った嫌な線を避け、くるりと宙返りをしたところに上の方から光が降って来る。
(でも、ゴーレムの目から攻撃が放たれると分かってれば……っ!)
決して攻撃の動線を見逃さないように目を見開き、宙空で身を捩りながらスレスレの位置を抜けて行く光線をやり過ごす。
断続的に放たれる攻撃の呼吸に合わせ、軽く腰を落として後ろ向きに宙返りを繰り返せば、あっという間にゴーレムの膝下までたどり着いてしまう。タイミング良く訪れてくれたらしい『息切れ』に、そのまま弱点の頭を目指して飛び上がろうとすれば、今度はめちゃくちゃに振りかぶられた拳が私を襲った。
「リアっ!」
焦ったようなシエロの声に親指を立てて、そのまま眼の前の拳を蹴りつけて後ろへと飛び退る。そのまま追撃するように繰り出された拳を見切り、軽く避けながら前へ前へと向かう。
「そんな雑な攻撃じゃ、当たらないんだからっ――!」
ちょうど良いところへやって来た攻撃にヒラリと飛び乗って、二度目ともなれば慣れた要領でゴーレムの腕を駆け上がる。ついさっき危険なところまで登られたのを覚えているのか、激しく上体を揺らしながら壁に激突する、なんて今までにない芸当を始めたゴーレムに、いつの間にか口元に笑みを浮かべている自分がいた。
そう来なくちゃと、シエロに聞かれたら怒られそうなことを考えながら、とっかかりの良い肘の突起にしがみついてやり過ごす。私が梃子でも動かないと分かると、勢いよく腕を振り上げて投げ飛ばそうとしてくる。
《ヴァトー!》
その力に逆らわず、投げ出された宙を駆ける。
踏みつけた風の階を登り、儀仗を掲げて練り上げた術が部屋中を満たすのを感じた。
《アレリオ・ヴィーア、トラーデ・ガロ・ナ・コンセオ》
背後から凛としたシエロの詠唱が聴こえて、私の構築した術式の中に彼の魔力が流れ込んで来るのを感じた。
そう、私達が考え出した対抗策……それは印の位置が分かるシエロに戦うのが難しくて、前に出て戦うのが得意な私に印が見えないなら、二人の魔法を組み合わせれば良いじゃないと言うことで。
正確にはシエロが私の術式に正確な位置を『書き込む』ことで、一つの術に完成させるという離れ業をしようとしている。理論的には可能なはず……いつも通り、ぶっつけ本番なだけで。本当、シエロには悪いことをする。
それでも。
《テンス・エーデ・ルキア》
決して信頼を裏切らない声が、私達の術式を完成させる。違いなく配されたルーンが光り輝き、私の背中を押す。
往け、と――
「はァァあああッ……!」
繰り出した拳に、全ての力を乗せる。
届け、どうか。
《《リベル――!》》
2つの声が重なり、高い天井を衝くように鳴り響く。
今や違いなく分かる場所を目指し、力の限り叩きつけた拳の先――その奥で、見えない印が弾け飛んだのが分かった。
《グォオオオオオオオン――ッ》
耳を劈く咆哮と共に、膝をついたゴーレムの瞳から光が失われていく。
「……ごめん」
ただ、外敵から主たる『何か』を護ろうとしただけの守護者に、眠りを妨げて破壊したことへの謝罪を告げる。その声が届いたのかどうかは分からないけれど、ゴーレムは地響きを立てながらゆっくりと崩れ落ちた。
「終わっ、た……?」
気の抜けたようなシエロの声を振り返り、私はホッと息を吐き出しながら頷いた。
「終わったよ」
この時、私達は開いたはずの扉へと、すぐに手をかけなければいけなかった。未だかつてない一つの危難を乗り切ったことで、私達は完全に油断していた。
絶対に、忘れるべきではなかったのに――ここが、試練の迷宮であることを。この怪物の腹の中で、私達はどこまでも異分子なのだということを。
「っ、リアッ――!」
「え――」
瞬きの、瞬間だった。
突き飛ばされる感覚と共に、あの時の光景が脳裏に蘇る。
(う、そ……)
あのどこまでも遠い、ベールの向こう。どれだけ伸ばしても届かなかった指先。
音にならない悲鳴と絶望。砂になって消えていった、大切な思い出。
(やめて)
倒したはずのゴーレムと、また異なる巨大な腕が私の大事な人を襲おうとしている。ぐったりと横たわったシエロに、気付けば身体が動いていた。
「っく、かはッ……!」
咄嗟に儀仗で受け止めた攻撃に、正面から襲った衝撃が受け身も取れない私を吹き飛ばす。無様に床を転がった私が見たものは、広い空間を埋め尽くすように雪崩れ込んでくる、無数のゴーレム達の群れだった。




