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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
238/277

02 地下大空洞の試練 ㊴

 

「避けてッ!」


 腹の底から絞り出した声に、シエロがハッと目を見開いて地面を転がった。


《ズダァァンッ――》


 容赦なく振り下ろされた金属塊が、重い音を立てて地面に叩きつけられる。ついさっきまでシエロが立っていた場所が、無惨に(えぐ)り抜かれる様に思わず呼吸が止まった。


「シエロっ!」

「自分の心配、してなよ……ねッ」


 再び振り上げられた怪物の拳に、シエロは体勢を立て直して飛び退(すさ)ると、素早く陣を描いて風の(やいば)を放った。


「う、わッ」

「っち、最悪……想定はしてたけど」


 シエロの言う通り、あの朽ち果てた都市で襲いかかって来た猟犬達を相手にしたばかりの身としては『やっぱり』という感じではあるけれど、あの(ほとん)ど魔法も直接の攻撃も効かない未知の金属が、これだけ大きな怪物に使われているとしたら。


 どうしたら良いのか分からず、つい救いを求めるようにシエロを見やってハッとする。彼の横顔は、こんな強大な敵を前にしても何一つ迷ってはいなかった。油断なく巡らされる瞳の奥が、素早く生き残る算段を立てているのが分かって、少しだけ肩の力が抜けた気がした。


 ついつい一撃の威力に目が行きがちだけど、落ち着いて見れば身体の大きさに振り回されているのか、攻撃は大ぶりで避けられないほどの速さでもない。私とシエロは再び振り上げられた拳を何歩か下がって回避し、どうにかなりそうな気配に顔を見合わせて頷いた。


「あれは恐らく『ゴーレム』と呼ばれる、失われた古の時代の兵器だ。僕も書物でしか読んだことはないけど、意志も感情も持たない……ただ与えられた命令を忠実に遂行する。この場合は、侵入者の排除ってとこでしょ」

「私も錬金術絡みの書物で読んだことある、と思うけど……こんな、だったっけ?」


 シエロは渋い顔で首を横に振りながらも、指先と目配せで私に指示を出した。(まばた)きで応えて散開すれば、狙い澄ましたような攻撃が私達の間に落ちる。


《ユリート・イドラ……セランッ!》


 まともな防御陣も敷かずに強い『言葉』を発すれば、反動の衝撃が私を襲う。


(……それも、来ると分かっていればっ)


 こちらを吹き飛ばす衝撃に乗って飛び退ると、唸りを上げて襲いにかかる水流の隙間から見えた、意志を持たないはずの瞳が怒りに燃えたような気がした。人間であれば吹き飛ばされて致命傷を負ってもおかしくない凶暴な水圧も、その巨躯(きょく)にはやはり効いていないと見えて、気にも留めない様子でこちらへと向かって来る姿に背中を冷たい汗が伝う。


「でも、狙いはそこじゃないから!」


 想像よりは身軽だったらしいゴーレムが、こちらへと飛びかかって来たのには一瞬ひやりとさせられたけれど、作戦通りに脇をすり抜けてシエロの待つ扉の前へと滑り込んだ。


「シエロ、いまっ」


 扉を開けて欲しいと言うつもりで呼びかけると、シエロはどこか蒼白な表情で振り返って首を横に振った。


「……開かない」

「なっ――」


 思わず手を伸ばして扉の取っ手を揺さぶるも、押しても引いてもガチャガチャとすら音を立てない扉は、単なる壁の飾りであるかのように(かた)く封じられていた。


「リア、来るッ」


 シエロにしては珍しく強引に腕を引くと、私を胸に抱き込んで地面へと身を投げ出した。次の瞬間、今しがた立っていた場所へと轟音を立てて巨大な拳が叩き込まれ、それでも軋む気配すらない扉に言葉を失う。


 こちらを振り返るゴーレムの紅い瞳が、容赦のない現実を突きつけて来る。


「なん、で……」

「どう見ても、封印結界でしょ。それもマスター・フィニアス並みの術師がかけた、とびきり厄介なやつ。特定の何かをトリガーにして、ここを封じるようにした……僕が見る限り魔力の糸は例のゴーレムに繋がってるし、まず間違いなくアレを倒さないとここからは出られない――次が来る、避けて!」


 鋭く飛ばされたシエロの指示で、反射的に身体が回避行動を取る。それでも一歩遅れた踏み切りが災いして、受け身が上手く取れずに地面を無様(ぶざま)に転がる。まだ半ば()えただけの脚が本調子ではない上に、集中出来ていないのが自分でも分かっていた。


 魔法魔術はただでさえ繊細なものなのに、こんな状態で倒し方も分からない未知の敵を相手に、自分が上手く戦う道筋を思い浮かべることが出来なかった。マスター・リカルドを相手どった時も、野盗にナイフ一つで立ち向かった時も命の危険は感じたけれど、こんな風に霧がかかったみたいに戦い方が分からないのは初めてで。


(分かる……自分でも、分かる。これは『駄目なやつ』だ)


 森の中では、私達が狩る側だった。だから嫌になるくらい、本当に良く知っている……命がかかった戦いでは、脚を止めたものから死ぬのだということを。


 そして脚が、止まった。


 無機質な紅い瞳に射抜かれて、縫い留められたように動けなくなる。背筋を駆け上がる死の実感に、こんなところで終わりなのかと。絶望の声すら零れない、あまりに呆気ないもの。


 冷たくて、静かで――大事なことを、忘れてしまいそうなほどに。


「リア」


 不意に目の前を染めていた紅が遮られ、代わりに鮮やかな空の蒼が広がった。


「目を覚ませ、リア――!」







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