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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
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02 地下大空洞の試練 ㊳

 

 確信めいた予感に、ぞくりと背筋が震えた。


 訪れた静寂の中で立ち尽くす私に、厳然たる書の声が天啓のごとく降り注ぐ。


《星の子よ》《特異点よ》《異端者よ》


 無数の呼び声が反響し、頭の中を埋め尽くしていく。それらが指すのはきっと全てが『私』で、そんな呼び名は知らないはずなのに「受け入れろ」と迫るように入り込んで来る。


 私はただのリアで、それ以上でもそれ以下でもないはずなのに、書の示す無数の可能性と真実が何も知らないままでいることを許してはくれなくて。


《汝が求めるは開放》《汝が救うは運命》《汝が明かすは禁忌》


 (たた)()けるような声の波の中で、大切な人達の姿が幾度も浮かんでは消える。


 私の知らない幼さの残る顔。誰かの隣で静かに囁く口元。去って行く背中。差し伸べられる手。光の失われていく瞳。年老いた孤独な横顔。


 そのどれもが、かつてあった過去で……そして有り得るかもしれない未来なのだと、それが『分かる』からこそ受け入れたくはなかった。目も耳も塞いで歩き出さずにいれば、ずっと優しい闇の中で眠って、残酷な現実と向き合わずにいられる?


(……だって、こんなにも酷い)


 見せつけられる未来は、誰も笑ってなんかいなくて。それが私の選択の結果なのだとしたら……私があの森を出て、歩き出そうとしたせいなのだとしたら。


 何のために、私は歩くの?


《災厄よ》《希望よ》《(しるべ)よ》


 違う。


《ナディア》《ナディア》《ナディア》


「違う――」


 うるさい。それは私であって、私じゃない……その名前で、今の私を呼ばないで。


 勝手な呼び方で、勝手な定義付けで、括られた私がぐちゃぐちゃに折り重なって行く。私は……私は何だろう。どうして、ここにいるんだろう。


 もし、この先の未来に誰も幸せにできない運命しか待っていないのだとしたら。どうして私は、この世界に生まれて来てしまったんだろう――


《――レイリア》


 不意に落とされた柔らかな呼び声に、ハッとして顔をあげる。聞いたことはないはずなのに、どこか懐かしくて胸を締め付けられるような声。誰かの声に似ているようで、それが誰なのか喉奥に名前が小さな(とげ)みたいに刺さる。


 その声も私の名前を一度呼んだきりで、無数の声を(しず)めるのが役割であったかのように沈黙してしまった。同時に私を抑えつけていた枷のような重圧がふっと消えて、軽くなった全身が光を求めるように水面(みなも)を目指し始める。


「っ、待って――」


 知と真実を求めてここまで来たのに、分からないことばかりが増えていく。


 まだ聞きたいことは沢山あって、対価である命の重みも忘れて全てを差し出してしまいそうになる。誘惑に駆られて伸ばした手を、誰かがそっと押し留めるように引いた。


《未だ白紙の運命を持つ者よ》


 何かを訴えるように呼びかける声が、頭の中で幾重(いくえ)にも膨らんで響き渡る。


 どうか忘れてくれるなと、胸の奥へと爪を立てるみたいに。


(すく)うもの》《(こいねが)うもの》《抗うもの》


(すべ)ては繋がり、始まりへと至る――いずれまた(めぐ)り来よう、終わりの時を指して》


 自分が居てはならない場所にいることを、今更思い出したかのように息が苦しくて。遠ざかる意識の中で、誰かが私の名前を呼んでいる。


 私は、あなたが誰かを知っている……いつか、どこかで出会ったことがあるはずなのに。


 その名前を呼ぼうと開いた唇からは、ごぼりと声にならない泡沫(あぶく)だけがこぼれて。


《我らはここで待とう》


 いついつまでも、と。


《さあ、光の子よ。選択の時だ――》


 最初の試練が、お前を待つ。




「リア――ッ!」


 その声に、意識が目覚めるのを感じた。

 すぅと吸い込んだ地底の湿った空気の味に、私のあるべき世界へ戻ったことを知る。


「シエロ」


 私の手を引く温もりが、一気に全身の感覚を現実へと引き戻す。


「おまたせ……!」


 世界が、震えている。

 そのことを認識すると同時に、シエロの手を力強く握り返していた。


 言葉を交わす間もなく、飛ぶ――


《ズッガァァァアアンッ……!》


 つい今しがたまで踏んでいたはずの足場が消え失せ、空を蹴って壁際の手に触れたものへと必死に取り(すが)る。掴んだものはランタンを壁にかける(かぎ)で、堅牢な鋼鉄が二人分の体重に悲鳴をあげてギシリと軋み、手の甲に当たるガラスの中で魔法炎が不穏に揺らいだ。


 ひらりと安全な床に降り立ち、得体の知れない気配から出来る限り距離を取る。大広間の床に空いた風穴の一部から、巨大な金属の塊のようなものがヌッと顔を出し、開かれた四本の指が獰猛(どうもう)に床を掴んで全身を引き上げた。


「「っ――」」


 見上げるほどの巨体に、人間を模した四肢。腹の底まで響くような唸りと共に、炉の火よりもなお熱い吐息が襲う。絶望に振り仰ぐ視界に、あの崩壊した都市で見た未知の金属の輝きが、仄かな光を反射して無限に瞬く。


《ゴオォォォ……》


 金属の上を走る不気味な光の紋様が、どこか既視感のある揺らめきを見せて霧散する。その巨大な生き物のような『何か』は、眠りから覚める時を待つように静止していた。今こそが恐らく最初で最後の隙であるはずなのに、私達は未知の脅威を身動(みじろ)ぎもせず見上げることしか出来なかった。


 ただ気圧(けお)され、息を詰めて、どうか気付かないで欲しいと願って。まるで捕らえられる時を待つのみの、小さく力を持たない獲物のように。


《―――――》


 言葉にならない、高く不快な金属音が全身を駆け抜ける。



 それを合図とするかのように、眠りから覚めた怪物が(まなこ)を開いた――








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