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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
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02 地下大空洞の試練 ㉟

 


 身体の奥底から響くような『声』の力は私とシエロを縫い止めたまま、言葉にならない言葉を頭の中に流し込んでいく。こちらを探るように()いずる意識の感覚に、全身の毛が逆立つほど気持ち悪くて声も出せなかった。


 気を抜けば何かを吐き出しそうで膝を折った私に、シエロがハッとしたような表情を浮かべると、軋むようなぎこちない動きで、それでも決然と前に進み出て口を開いた。


「僕達は『真実の書』が蓄えた知識を求めてここに来た。どうすれば、それが得られる?」


 シエロの問いかけに対し、どこか嘲笑(あざわら)うようにクツクツと無数のさざめきが広がる。その不快なざわつきも束の間だったのか、それとも長く続いていたのか、時の流れを見失いそうな感覚の中で途方に暮れ始めた頃、打って変わって囁くような『声』が耳元に落ちた。


《人智の果てを求めるならば、差し出すことだ》


 明らかな愉悦を持って迫る悪意が、選択を突きつける。


《選べ――時か、真実か》


 これは『危険なもの』だと、本能が鋭い警鐘を鳴らしているのに一歩も動くことができない。私達は触れてはならないものに手をかけようとしているのだと、分かっているのに背を向けて出口を求めることも叶わない。


(……分かってる。今の私に、これ以外の道はない)


 学院に来てイヤというほど思い知ったこと……それは学問であれ、武勇であれ、時には人脈やお金という形であれ、人の世では力こそが全てだということ。それが『違う』と声をあげることにさえ、力の有無が付きまとうのだということ。


 それは森も似たようなものだけど、私は森の外で通用する『力』なんてほとんど持ち合わせていなかった。魔法魔術の腕も、ここでは外道(げどう)とされる錬金術の知識も半端で、自分自身の力で築いた人脈はおろかお金なんて勿論(もちろん)ない。


 フィニアス師もマスター・リカルドも、エルだって自分にしかない力を持っていて、私にはまだ何もないのだと今だからこそ分かる。そんな私が使える手段なんて限られているに決まっていて、私のワガママに対して彼らが示してくれた一番近道の手段は『真実の書』だった……それはきっと、そういうことなんだろうと思う。


 学院の書物をどれだけ漁っても、マスター・リカルドが個人的に貸してくれた文献にも、ライの『病気』に関する手がかりはどこにも無かった。そもそも手を尽くしてライの寿命をこれまで引き伸ばして来たエルが『これ以上は無理だ』と判断したんだから、私の位階で手に入る知識であるはずがないことに、もっと早く気付くべきだった。


「……身に余る智には、代償を」


 ぽつりと呟いたシエロの声に、まとわりつくような(ざわ)めきが闇に(うごめ)く。声も出せずに立ち尽くす私とは裏腹に、シエロは決意を秘めた瞳で最後の一歩を踏み出した。


「そのために、ここまで来たんだ――覚悟は出来てる」


 迷いを捨てたその背中が、私を縫い止めていた見えない鎖を解いていく。


「シエロ」


 思わず呼びかけた私に、シエロは振り返って安心させるように笑ってみせた。


「大丈夫だ。マスター・フィニアスは止めなかった……兄弟子の僕が先に試す」


 強がるような言葉は、少しだけ(おそ)れに揺れていた。それすら封じ込めるように目を閉じたシエロは、深く息を吐き出してから『真実の書』へと手を伸ばした。


「――真実を」


 震えを抑え込んだ囁きに、暫しの沈黙の後で『声』が響く。


《聞き届けた》


 まだシエロが知りたい真実を伝えてもいないうちに、その言葉がきっかけだったのか歌うような唸るような無数の声が頭の中を埋め尽くし始めた。それは代償を支払った者以外の存在から知識を守る壁のように私の思考を覆って、重く痛む頭を抱えて見上げれば、目を見開いたシエロが声にならない悲鳴をあげて崩折(くずお)れるところだった。


「シエロッ――!」


 もつれる足を必死に前へと進めて、倒れ伏したシエロを受け止める。腕の中に飛び込んで来たシエロは全身が燃えるように熱くて、自らの制御を失ったみたいに(せわ)しなく動く瞳が、私には()えない『何か』を追っているのだと分かった。


「そうか……だから、あの時。やはり母上は(しい)されていた……」


 (うつ)ろな瞳が深い憎しみと怒りの色に染まり、私を振り払って立ち上がったシエロは、ふわふわと熱に浮かされたような表情で歩き回り始めた。


「証拠なら、ある……後はそれをどう使うか……」

「……シエロ?」


 普段のシエロとはかけ離れた不穏な雰囲気に恐る恐る呼びかければ、ゆるゆるとこちらを振り返った瞳が私を捉えて獰猛(どうもう)に光った。まずい、と本能が察した時には既に遅く、気付けばシエロが私の肩をつかんで眼前に迫っていた。


「リア、これは本物だった……! 限られた一部の者しか知らないようなことも、この書は知ってる。それがただ、本当に『分かる』んだ……これさえあれば! ほら、お前も早く」


 パンっ、と。

 小さく乾いた音が鳴り響き、手の平にかすかな痛みと熱が走る。目を見開いたシエロが動きを止め、赤くなった頬を押さえて後退(あとずさ)る。その瞳にじわりと理性が戻って来るのを確認して、私はそっと息を吐いた。


「落ち着いた?」

「……落ち着いた」








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