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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
232/277

02 地下大空洞の試練 ㉝

 

「シエロ……大丈夫?」


 どこか泣きそうな表情で僕の顔を覗きこむリアは、いつになく『何か』に怯えているように見えた。その手は無意識なのか、(すが)るように胸元の石を握りしめていて、彼女の過去に何があったのかを察するには十分だった。


 このところずっと、彼女の歩んできた道のことを何も知らないと、不貞腐(ふてくさ)れていたことを思い出す。それなのにいざ、こうして現実を垣間見れば、どうかリアには笑っていて欲しいと……それだけを願っている自分がいる。


 彼女の過去を共に歩んだ『誰か』も、そうだったのだろうかと。


「……大丈夫だから」


 そう告げて、なだめるように髪へと触れれば、少しだけ(やわ)らいだ表情が覗く。伸ばした僕の手を取って頬を寄せる横顔に、叶うことなら今すぐ抱き締めたいと思った。


 そんな僕の内心も知ってか知らずか、心配そうな鳴き声をあげて割り込んで来たユニコーン……僕達と短い旅を共にした子供が、僕の脇腹に鼻面をすりつけて来る。痛い。


「立てそう?」

「努力すればね」


 まだ心配そうな顔をしているリアに、大人しく手を借りて立ち上がる。急に蘇ってきた、口の中に感じる血液の不快な鉄臭さに、リアの不安そうな顔の要因はこれだとようやく気付き、口元にベットリとついたままだった血の痕を拭った。


 あの聖獣の涙が持つ不思議な力で一瞬退いたかのように思えた痛みも、一歩踏み出すだけで全身が軋むように悲鳴をあげる。男としての矜持(きょうじ)を投げ捨てて、みっともなく泣き言を言いたい気分だと思った時だった。


《どぉぉぉおおん―――》


 地鳴りのような、不穏にすぎる音と揺れが空間を伝う。


「……嫌な感じがする」


 リアの動物的勘をもってしなくとも分かる危険信号に頷き、再び先に立って急かすように歩き始めたユニコーンの後を追う。時折どこかから聞こえてくる地響きを除けば、静寂の支配する列柱廊を進みながら、これはいつの時代に作られたものなのだろうと考える。


 少なくとも僕達が『試練』に乗り出す前、片端から書庫の手がかりを調査した限りでは、僕達が落ちたような崖の下に続く世界、謎の廃墟と化した都市のことをほのめかすような記述なんてどこにも無かった。僕達は知らないうちに、この地下空洞の深淵に手を伸ばしてしまっているのかもしれないと、不穏な地鳴りに追い立てられるようにして思考する。


「ぁ……風が、聴こえる」


 ポツリと呟いて、何かに引き寄せられるようにリアが脚を早めた。先に立って歩いていたユニコーンが同時に立ち止まり、リアはおもむろに膝をついて地面に耳を当てると、目を見開いて草をかき分けた。


「シエロ、ここから出られるかも」

「……どう見ても、岩盤なんだけど」

「でも、ほら」


 リアが無造作にナイフの柄で地面の亀裂を叩けば、あっけなく岩肌が砕けて風穴が開く……心臓が止まるかと思った。


「ちょっ、とッ――地面抜けたらどうすんの、後先考えて行動してよねっ?」

「あっ、ごめん」


 思いもしなかったとでも言うように、ぱちりと目を瞬かせるリアに溜め息を吐く。そのあたりは随分と地盤が緩くなっているようで、あちこちに亀裂が入っていた。とりあえずリアの手を引いて後ろに下がらせると、もはや耳慣れた甘い鳴き声が耳に届く。


 見れば短い旅路を共にした幼いユニコーンが立ち尽くしていて、何かを訴えるようにこちらを見ていた。いつも森の『家族』にやるように、ひざまずいて額を寄せたリアが僕には聞こえない声でユニコーンと心を交わす。もはや見慣れた光景に、どこか寂しさのようなものを覚えている自分がいて意外に思う。これが最後だと、分かっていたからかもしれない。


「……うん、そっか。ここで、お別れみたい」


 リアが立ち上がってそう告げた時も、別に意外ではなかった。彼女は『家族』と呼ぶ動物たち以外には存外と淡白で、出会いと別れは必然だと思っているのか、するりとユニコーンの鼻面を撫でるとあっさりした調子で立ち上がった。


 先に進まなければと分かっているのに、どうしてか動けずにいる僕の元へ、あの(すべ)るように優美な足取りでユニコーンが歩み寄る。道中はあんなにもぞんざいに扱っていた存在が、今は侵し難く神聖な獣であるのだと強く感じて、それでも恐る恐る手を伸ばす。


 その白銀のたてがみに触れた瞬間、暖かな何かが自分の中に流れ込んでくるのが分かった。かつての僕なら、きっと無意識のうちに拒んでいたはずで……そう、これ以上傷つきたくないと、自分の心を頑なに守ろうとしていた頃の僕なら。そんな過去の自分の頭を撫でて、心の扉を押し開いて行く。リアの見よう見まねで額を寄せれば、触れ合った場所がカッと熱を持った。


《――いずれまた、(めぐ)()う。運命が、空の子供を呼び寄せる》


 泉から湧き出る清水のように透徹した意志が、傷つけることは決してないのだと、そう教えるように優しく心を満たして行く。心を繋ぐ仮初(かりそめ)の糸を駆け抜ける光が、記憶の欠片のように取り留めのない光景を見せては消えて行く。


 剥がれ落ちる空。見知らぬ男の顔。傷ついて横たわる誰か。霧深い森の奥。



 誰かが僕を、呼んでいる――



()け――護るために》



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