02 地下大空洞の試練 ㉜
休みなく対象の位置を固定し直しながら、手を打ち鳴らす。僕が撃ち漏らした敵を、リアが仕留める。
上手く嵌まり始めた連携を繰り返しつつ、ジリジリと街の端に向けて進んではいるものの、衛兵の代わりとして設定されていたのか襲い来る猟犬の手は緩められるどころか、ますます数と激しさを増していくように感じられた。
「くそ、キリがないんだけどっ――!」
いつまでも終わりの見えない戦いに、思わず品の無い言葉で悪態を吐いた瞬間だった。
《キュゥゥウウンッ――》
高らかな嘶きが、朽ち果てた都市を震わせるように響き渡る。
その声に、それまで止まる気配を一切見せなかった猟犬達が、麻痺したかのようにギギギッとぎこちない動きで静止した。
「……まずい、アイツのこと忘れてた。助けに行かないと」
「どっちかと言えば、私達のことを助けてくれるつもりみたいだよ?」
ほら、と指し示された方角を見やれば、あのユニコーンが僕達を導くように街の端で待っていた。僕達は顔を見合わせると、その輝くような白を目指してどちらからともなく駆け出した。
ユニコーンの不思議な声の力も、全ての猟犬の動きを止めるほどに強力である反面、効果は長続きしないものだったのか、一頭また一頭と僕達を追う耳に残る独特な金属音が増えて行く。
目指す先には揺らぐ虹のカーテンのようなものが降りていて、この場では不自然な結界であることは明らかなのに、どうしてか『あそこまで辿り着ければ大丈夫だ』という確信があった。それはリアも同じなのか、地を蹴る脚に力強さが増す。
(ただ、問題は――)
休みなく働かせている『眼』の意識を後方に広げれば、無数の力の揺らぎが背後に迫っているのが分かる。先刻のユニコーンの嘶きがきっかけとなったのか、本格的にこの都市の脅威とみなされてしまったらしい僕達を、その総力とも思しき悪意が束になって排除しようと追って来ていた。
このままでは間に合わないと、本能が囁いた瞬間に覚悟は決まった。
「……伏せて!」
それだけを叫ぶように告げれば、リアが全てを信じ切った表情で迷いなく地に伏した。
《ユリート・イドラ》
何千回となく呼び寄せて来た水の力が、指先によく馴染む。迫り来る敵のただ中にそれを放ち、早口で思いつく限りの防御陣を敷きながら、同時に実戦では初めて使う未完成の魔法を編み上げて行く。
自分がどれだけ危険なことをしようとしているのか、分かっている。常々リアに言い聞かせて来た禁を、自分の手で破ろうとしていることも。それでも、もう、後には退けない。
爆ぜろ――僕達を脅かすもの、全部。
《エンプリフィオ――》
次の瞬間、不完全な術式の構築を咎めるように、引き千切れるような身体の痛みと吐きそうなくらいの虚脱感が全身を襲った。身に余る力の行使と引き換えに、生命の核が削り取られて行く感覚。
嵐の日に開け放った窓を全力で閉じるように、自身の術を拒絶する。
静寂――そして。
《―――――》
無音のうちに、目の前の全てが弾け飛んだ。
無から有に、有から無に。
放たれた水滴から同心円状に広がった波が、そこにある物や力や意志の全てを巻き込み、気が遠くなるほど小さな一点に収束して……消えた。その消失に遅れるようにしてやって来た爆風が僕達をも吹き飛ばし、きぃんと高い耳鳴りが頭の奥に響く。
最初に自由を取り戻したのは、やはりと言うべきかリアだった。身体の制御が効かずに蹲る僕を引きずるようにして起こし、ユニコーンの待つ虹のベールの向こうに転がり込んだ。それに一歩遅れる形で、僕の極大魔法『もどき』から逃れて追ってきた猟犬達が、壁に阻まれたかのようにグシャリと折り重なって動きを止める。
手を伸ばせば届く距離にありながら、僕達を見失ったかのようにフラフラと立ち去って行く猟犬達の、最後の一頭が立ち去るまで知らず息を止めて見ていた。細く安堵の息をこぼした瞬間、胃の底からせり上がるような感覚と共に嘔吐く。
「ッ……が、ハッ、ガほっ」
ごぼり、と。
喉奥から零れた赤黒く禍々しいそれは、きっと削られた命の残骸だった。痙攣して波打つ背中を、案じるように撫でる手の温もりだけが、僕の意識を繋ぎ止めているのだと感じた。守れて良かったと、思った。
ふわりと、彼女の手とは異なる柔らかな感覚と共に、包み込むような力の波が僕の意識に触れる。恐る恐る見上げれば、これまで僕達を導いていた聖獣はまだ子供だったのだと、一目で理解させられるような巨躯と角を携えたユニコーンが佇んでいて。
自分でも何を考えているのか分からないまま、引き寄せられるように手を伸ばす。すると死に体の僕を哀れんだのか、白銀の瞳から煌めく宝石のような涙が落ちて、僕の手の平に溶けた。ユニコーンの涙を受け止めた手は一瞬だけ焼けるような熱を持ち、その熱が退くと気付けば全身の痛みもまた消えていた。
「……ありがとう」
出来る限り真摯に心からの感謝を告げれば、応えるように瞳を瞬かせたユニコーンは背を向けて歩き出した。
顔を上げて視線を巡らせれば、そこには古代の遺跡のような列柱廊が長く伸び、高い天井の隙間からは仄かな光が差し込んでいた。地上が、近い――




