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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第1章―嘆きの旅人―
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05 祈る者 ③

 フィニアス殿は王命に従って有事の際の助力をネイトに取り付けてたらしいけど、それはつまりたった独りで幾千万の敵と戦って死ねと言っているのと同義だ。今の帝国にはそれだけの兵力があるし、向こうさんだって当然『ナサニエル・ギルフォード』の存在は認識しているんだろうから、戦うともなれば勝てるだけの算段と戦略を準備して挑んで来るだろう。

 既にこの塔を中心にして、ただ一人でも領民に対して害意を持つ者が脚を踏み入れれば、即刻『排除』されると言う恐ろしい結界が敷かれているからこの場所は安全でいられる。今や、ネイトに守られたこの地を除けば、辺境において略奪と破壊を受けない事を保証された場所なんて存在しない……何故なら『奴ら』は空からやって来るから。


 目を閉じて、この事を考えるのは止そうと思考を切り替える。ネイトが人の心を読めると言う話は聞いた事がないけれど、少なくとも彼の存在する場所で『奴ら』について考えたいとは到底思えない。その存在は、ネイトが生まれた時から何もかもを奪って来たのだから。


「おい、ボンヤリしていないで、さっさと上を脱げ」


 唐突にドサリと投げ出される感覚と共に、一気に室内の暖かな空気を感じる。あの長々とした階段をいつの間にか上り詰めて、辿り着いていた彼の部屋は相変わらず美し過ぎる『研究室』だった。目の前の棚には(つや)めく革の装丁がついた本がずらりと並び、高価なガラスを惜し気なく使ったガラス器具が手の届く範囲に秩序を保って配置されている。


 高い位置にある窓から採られた光にやんわりと照らされた部屋は、薬品の変質を防ぐため。向こうの棚では、あくまで実用のために無造作に置かれた宝石や色とりどりの美しい薬瓶が、部屋の中の柔らかな灯りを受けて優しく燦めいていた。

 因みに、この部屋に置かれたものの殆どは僕が王都にあった彼の部屋に残されていたものを、少しずつ持ち出して来たものだったりする。あれは本当に大変だったけど、これを見るとそこはかとない達成感が湧いて来る。こんなにも美しく秩序だった空間を生み出す男が、化け物なんかで(たま)るかと思いながら、言われた通りにさっき着たばかりの服をもう一度脱ぎ捨てて、それこそ湯浴(ゆあ)みをする時でもなければ絶対に外さない革の手袋を外す。


 服の下は自分のものだけど気持ち悪いくらいに傷だらけで、どれ一つとして名誉の負傷なんて存在しない、ただボロボロで薄汚いだけの身体だ。それをネイトはいつも通り眉一つ動かさずにざっと確認した後、身体に支障が出る程の大怪我はない事は分かったのか視線を逸らして、僕の差し出した左腕を手に取った。

 本来、右腕と同じく少し煤けたような白い肌が存在しなければならないはずのそこは、服を脱いだいま、全身の中でも際立って異質なパーツと化していた。肩の付け根から指先まで『ヒト』の形を完璧に模した金属塊。それが、僕の腕だ。


 塊、とは言ってもそれは数え切れない程の小さな部品で組み上がっていて、王都でも見た事のないほど精巧な機関(からくり)だった。恐らく世界にたった一つの『錬金術師』が組み上げた、魔法と科学の結晶。そんなとんでもないものが、自分の腕の代わりである事にも随分と慣れた。


「……また、酷使したな」


 ポツリと落とされた言葉が、どうも鍛冶屋の親父に剣を粗末に扱っている事を咎められた時の事を思い出させて、何となくバツが悪い。


「はは、ごめんね……どうも『身体』の使い方が下手くそでさ」


 僕の言葉を聞くと、ネイトは僕の上半身に再度視線を走らせて、珍しく溜め息を吐いた。


「……お前の身体だ。好きに使えばいい」


 ボソリと返された言葉に、僕は苦笑を浮かべて頷くしかなかった。


「ありがとう。この『腕』が無かったら、とっくの昔に死んでるよ」


 ネイトは無表情のまま、僕の言葉を聞かなかったかのように立ち上がると、僕の肩に手を置いた。


「内部機構に修理が必要な箇所がある。少し時間がかかる故、外すぞ」

「うん。お願いするよ」

「……肩の痛覚を『書き換える』が、いつもの如く出血はある」


 律儀にいつもの事前説明を始めたネイトに、またこの部屋を汚してしまうのはいつもの事ながら申し訳ないなと思いながら頷く。掃除するのは僕だと言っても、血の匂いってなかなか消えないんだよね。ネイト曰く、匂いを操るのって凄く難しいらしいし。


「だけど、すぐに止血はするから慌てずにちゃんと呼吸をして意識を保つ事、でしょ。大丈夫、ちゃんと覚えてるよ」

「結構」


 淡々と頷いて、ネイトは僕を黒檀の作業台の上に寝かせると、静かに肩へと手を置いた。いつも手早く何の迷いもないように術を施しているように見えて、この時ばかりは(かす)かに彼の手が震えている事を、きっと僕だけが知っている。

 それでも、何も言わずに黙っている。今更、ネイトに命を預ける事に躊躇いはない。信じている、と言うには重過ぎるかもしれない……少なくとも彼は、何度僕の腕を切り離しても、僕の命の熱と重みに麻痺する事が出来ないのだから。


「……目を閉じていろ」

「はぁい」


 別に自分の血くらい何ともないんだけどなと思いつつも、ネイトの精神衛生のためにいつもみたいな軽口は叩かず、大人しく口も目も閉じておく。



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