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塔の上の錬金術師と光の娘   作者: 雪白楽
第4章―真実の書― 地下迷宮篇
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02 地下大空洞の試練 ㉚

 

 それは僕達にとっていかにも見慣れた形状でありながら、良く見ると明らかに生き物ではないと思しきガラスの光沢を持っていた。僅かにこの地下空洞の中へと差し込む光に透かされて、黒曜石のように輝く翼の向こう側が見える。


 いったいどんな原理で動いているのか、煙水晶(けむりすいしょう)の鳥は唯一つ赤色に染まる瞳をグリリと動かし、次の瞬間この世のものとは思えないような奇声を発した。


「「――――ッ!」」


 反射的に耳を抑えた僕らは、それでもワタリガラスが翼を広げて飛び立ったのを見逃さなかった。


「リア!」


 僕が呼びかけるまでもなく、弓を構えたリアが矢を引き絞って狙いを定めていた。


《ピアッシモ》


 相変わらず色々と省略しているけれど、出会った頃よりはマシな陣の基礎を素早く展開すると、目にも留まらぬ早さで矢が射掛けられる。


 ゴスリ、と。

 鈍い音を立てて、リアの魔術による補強を受けた矢が当たりながらも、その『ワタリガラス』の装甲は僅かな凹みが出来たのみで、穴も開かず傷も付くことはなかった。


(はじ)かれた……まさか)


 眼の前の信じがたい現象に思わず息を呑みつつ、地面へと叩き落とされたワタリガラスに追撃を加えるべく、これまで組み立てていた術式を瞬時に捨てる。見た目から想像のつくガラスでも、石材でも、ましてや金属でもない。相変わらず僕の瞳に映るのは、魔力とは似て非なる力の(うごめ)きばかりで、眼の前の対象が何で構成されているのか僕達には見当もつかない。


 それなら無力化する手は限られていると、ワタリガラスを指差し咄嗟(とっさ)に浮かんだ術句を口にした。


《ユリート・イドラ……グラスタ・レナート・ディナメルシア・デ・ツィヒア!》


 こういう緊急の事態に置かれた時、戦闘には不向きな水魔法が出て来るあたり、完全に血筋だと笑えてくる。自分でも分かるくらい粗末な陣で組み立てているものの、放たれた水流は過たずに標的を捉え、着弾と同時に音もなく凍りつかせた。


 指差し確認で軌道修正なんて、人間の術師相手じゃ絶対に通用しない即席魔法に、帰ったらまず鍛錬だと何度目ともしれない自戒を飲みこむ。運良く一時的に動きを止めたワタリガラスが、ぎょろりと赤い瞳だけを動かしてこちらを見据えた。


 どちらからともなく手を取り合った僕達は、示し合わせずとも駆け出していた。


「ありがと、シエロ!」

「分かってると思うけど、足止めにしかならないか……らっ!」


 同じく突き刺すような気配を感じ、振り向きざまに水弾を飛ばせばドサリと鈍い音がして、撃墜された一羽が感情の無いガラスの瞳でこちらを見上げていた。


「街の入り口で感じた気配と似てるよね……あれって、見張り? 私達、ずっと見られてたのかな?」

「間違いなく、見張りだとは思う。ウチの城でも似たような監視の機構は組んでるし、恐らくは使い魔……みたいなものじゃないの。魔力は感じなかったけど」


 つまりは文字らしきものが描かれていた謎の金属と同じように、僕達の理解が及ばない技術か力で生み出された存在ということになる。少なくともこちらの攻撃が全く通じないわけでは無さそうなのが救いだけれど、見張りの存在は遠くない未来に待ち受ける運命を示していた。


 この街に入る時から感じていた、どこか嫌な感覚。それが明確な敵意となって、僕達に襲いかかって来るであろうことを。


「……逃げないと」

「どこに?」

「それをいま考えてる」


 早口でリアに返しながら、自分が存外と落ち着いていることに気付く。護るべきものがハッキリしたからかもしれないと、柄にもなく思いながら彼女の手を引く……引いていた、はずだった。


《っ、ヴァトー・ヴァトー・ヴァトーッ!》


 不意にグイと凄まじい力で抱き寄せられたかと思うと、視界がぐるりと反転して地面が遠ざかっていた。


(は………?)


 何が起こったのか理解出来ずに目を瞬けば、頬を裂きそうな風圧が遅れて駆け抜けて行く。首の骨が折れるかと思うほどの反動が全身を貫いて、文字通り千切れて持っていかれないようにと、ぶらりと垂れ下がった腕を反射的に折りたたむ。


 見れば小さいのに力強すぎる手が、ガッシリと僕の腹を抱き込んでいて、ようやく自分がリアの『小脇に』抱えられているのだと気付く。


(嘘でしょ……)


 守ってみせる――とか意気込んでいた数秒前の自分を殴りたい。そんな悠長なことで恥じている場面ではないはずなのに、顔から火を吹くような羞恥(しゅうち)が押し寄せてやまない。


 僕の体重を加えても軽々と宙空を駆けて行くリアは、元から空こそが生きる世界だったみたいに、ヒラリヒラリと建物の屋根から屋根へと飛び移って行く。()()えず何かが追って来ていることだけは理解し、身をよじって背後に瓦礫の塊を飛ばしてみる。


《ギャンッ――!》


 金属をすり合わせたような悲鳴をあげた『それ』が、煙突のようなものに吹き飛ばされて地面に転がるも黒い影は瞬時に起き上がり、()き出しの牙がほの暗く光るのが見えた。


「犬だッ、それも軍用犬に近いやつ!」


 風が巻いて轟音が響く中、リアに聞こえるよう声を張り上げる。


「犬って、ウサギみたいなやつ――?」

「は? いや、どっちかって言うと狼!」


 こんな時なのに、寝ぼけたことを言ってるリアに叫び返せば、見上げた横顔からは戸惑いが消えて険しく引き締められた。


「狼なら分かる、よっ」


 少し溜めて一際(ひときわ)高く飛び上がったリアは、僅かに残されていた物見塔の残骸に立ち、真剣な表情で階下を見下ろした。


「彼らは……群れて、狩るんだ」








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